恐怖を克服するために
フェネが掴んできた情報によると、エルフの警備隊は半日ほど行った村で駐屯しているらしい。
レイラはすぐにでも助けに行きたいようだが、僕はまだまともには戦えない。相手が警備隊ということで、命が危ない訳でもない。シュバインは一隊員でしかないので、エイレスを連れていたとしても、勝手なことはできない……僕がそう思いたいさだけだろうか。
エイレスの気持ちを考えれば、すぐにでも動きたい。でも戦えない。
「フェネ、近くに魔物はいないか?」
言われてフェネは辺りの気配を探ってくれた。鼻もひくひくと動かし、一定の方向で止まる。
「いますね、森の中。獣系で多分熊です」
「そうか……」
僕はフェネの向いた方へと歩き始める。既に膝が笑っている。そんな僕の前に苦笑いを浮かべたセラドが立つ。
「そんな状態で行くつもりか」
「ああ、本当の恐怖を知らないと駄目なんだと思う」
「頭で考えている物と、実際は違うものじゃよ?」
「それを感じてくるよ」
「馬鹿者じゃな」
そういいながらセラドは前をどき、腕に絡んでくる。
「すぐに回復してやるゆえ、好きなだけやられるがよい」
「セラド、相手は獣だぞ! 加減はしてこない」
レイラはセラドが僕を行かせる事に驚いたようだ。
「じゃから良いのじゃ。こやつは甘ちゃんじゃからな……」
「で、でも……」
「マモルのために、止めちゃ駄目なんですよ」
フェネも僕の覚悟をかってくれたようだ。後はそれを示すだけ、僕は森の中へと進んだ。
薄暗い森、街道から踏み入れると下草もツタも生えっぱなしで、歩くのも難しい。
『主よ、死ぬのは勘弁してくれよ』
「ああ、分かってる。エイレスを助けに行かないと駄目だからな」
茂みをかき分け現れた黒い固まり。丸っこく、イラストになると可愛らしさもあるが、野生のソレは獰猛。しかも単なる獣ではなく、魔物でもあるのだ。
こちらを確認すると、のそっと向きを変えて立ち上がる。その高さは僕とさほど変わらないが、肉厚で重量感が伝わってくる。
「セラド」
僕の腕から離れたセラドは、二歩三歩と距離をとる。フェネやレイラも構えているだろうが、まずは僕が行かないといけない。
魔剣を抜き、手甲を前にガラハド流の中位の構え。相手の攻撃を手甲でいなしながら、カウンターで攻撃する構えだ。
しかし、手が震え、膝が震え、視線も逸らしたくなる。それだけは何とかこらえて、熊を見つめる。
「ブラックベア、攻撃的で獰猛しゃが、マモルのレベルなら大丈夫じゃ」
セラドの声に、剣を握り直す。その僅かな動きに、熊が反応した。
「グルアアアッ」
再び四つん這いになって、こちらへと向かってくる。腰が引け、膝が思うように動かない。僕は無様に転がりながら、ブラックベアの突進を避けた。
「マモル!」
セラドの回復魔法が飛んできた。痛みを感じていなかったが、見ると服の腹が裂けて、赤く染まっていた。
「ごめん、ちゃんとやる、から」
こちらを振り向いたブラックベアは、再び突進してきた。さっきは、通りすがりに爪に引っかけられたのだろう。ちゃんと爪を見ないと……その意識をあざ笑うように、熊はそのまま体当たりしてきた。
大きく弾き飛ばされ、木に当たって止まる。背中を痛打して息が苦しい、目に涙が浮かぶ。僕はなんでこんなことをしてるんだ。僕が何で無理しなきゃならないんだ。
ブラックベアと目が合う。
再び突進を開始したところで、視界が小さな背中にふさがれる。
「何してるんだ、セラド!」
「マモルはワシが守る。相棒じゃからな!」
しかし、セラドは近接攻撃も、守るための技術もない。ただその身を盾にするだけだ。
迫るブラックベア、両手を広げて動かないセラド。その距離がゼロになれば、どうなるかは目に見えている。
「うわああぁぁぁ!」
僕は打撃を受けてふらつく足を、何とか前に押しだしてセラドの前にでる。そこはもうブラックベアが目と鼻の先に迫っていた。
そこへ矢が刺さり、レイラの赤熱した剣が獣皮を焼いた。しかし、ブラックベアは止まらない。両腕を振り回しながら襲ってきた。
ここで逃げればセラドが襲われる。前に出るしかない。
魔剣で腕を払おうとするが、爪で弾かれる。そのまま腕で殴られ、吹き飛ばされそうなのを必死に踏ん張る。
「マモル!」
セラドの回復魔法で治癒されるが、このままでは押し負ける。噛みつこうとするブラックベアに、手甲を噛ませて防ぐがそのまま押し倒された。
ブラックベアの何百キロか分からない体重で、全身が砕かれそうだ。魔剣で切ろうにも組み敷かれた体勢からでは、毛皮に刃が立たない。
「このっ」
レイラがブラックベアを切りつけるが、簡単には倒せそうにない。魔剣による攻撃が必要だ。
「フェネ、焼け!」
「そんなことしたら、マモルもただじゃ済まない!」
「セラドが治してくれるさ」
「人使いが荒くなっておるな……」
「セラドさん、頼みます」
フェネの炎の魔法が、ブラックベアの顔を焼く。その火の粉は僕にも降りかかるが、ブラックベアは僕の上から離れた。
僕は立ち上がり、ブラックベアと再び向き合う。怒りをむき出しに、こちらを威嚇する相手。どうしようもなく震えそうになる体を、自らの拳で殴る事でとめる。
「よし、来い」
その言葉が伝わったわけではないだろうが、ブラックベアは突進してきた。ガラハドに教わった剣術、その基礎に忠実に、相手に合わせて振り抜く事を考える。
大きな熊の手が、迫ってきた。さっきは殴られたが、その動きに合わせて手甲を繰り出し、軌道を変える。そのままの流れで、魔剣を下から切り上げた。その刀身は、ブラックベアを切り裂き、魂を食らう。
ひるんだブラックベアへと、さらに切り込む。ブラックベアも牙を剥き、腕を振り回すが動きは雑になっている。
確実に傷を増やしていき、徐々に力を無くすブラックベア。最後の一太刀で、地に崩れ動かなくなった。
「成果はあったのかのう?」
「分からない……でも、やるしかないかな」
「はい、エイレスは待ってますよ」
「とりあえず、私と一戦やろうか」
そのままレイラと手合わせした。まだ怖さはある。ただ獣の一方的な攻撃性に比べれば、レイラからのソレは優しさも伴っていた。




