怠惰とエルフの食卓
エルフの国『リュエリア』の首都を目指す旅も二日目。森の中は至って平穏で、絶叫などは聞こえない。木漏れ日の角度で時間は大体わかる。道は北上しているので、昼頃になったかな。
「まだ昼には少し早いですが、お腹が空きましたか?」
フェネは体内時計が性格なのか、磁気を感じて真北がちゃんとわかるのか、時刻を把握しているようだ。
「お腹は空いてるけど、正午までは歩こうか……」
「あと一時間くらいじゃな」
セラドも分かっているらしい。時計に慣れた俺とは違うのだろうな。
つらつらと考えたり話したりで気を紛らわしながら歩いていると、路肩に倒れている男を見つけた。
「おい、あんた大丈夫か?」
「んあ?」
声を掛けると、眠そうな返事が返ってきた。どうやら道端で寝ていたらしい。旅をしているというには軽装で、鎧も着ずに腰に剣を差しただけ……。
『主よ、こいつは』
「魔剣の持ち主か」
隠したところで相手の魔剣も気づいているだろう。どちらかというと、セラド達に聞かせるつもりで口に出した。
「んん? おお、あんたも何か持ってるのか?」
気のない返事に拍子抜けする。どうみても相手は弛緩していて、仕掛けてくる様子はない。
『こいつは怠惰だな。無害だが有害だ』
矛盾したことを伝えてくる。
「せっかくじゃし、ここいらで休むかの」
「昼食にしましょう」
言うが早いかフェネはござを敷いて、弁当を広げ始め、セラド達も座ってしまう。
魔剣の持ち手を前に何を!?
『怠惰の基本能力は意欲の減衰。最終的なには動くことすら億劫になるだろう』
「結構危ないんじゃないか」
『しかし怠惰に選ばれる時点で、自発的に行動するのを面倒くさがるような者だろうしな』
「あんたはここで何してるんだ?」
「昼飯を分けてくれそうな人を待ってた」
何というか肩透かしだ。敵意は全く感じない。
「とりあえず、昼飯くらいならいいか」
魔剣の持ち主には魔剣の能力は及ばないらしいので、怠惰にやられた訳ではなく、単に俺自信が腹が食べたくなっただけだ。
キリークと名乗った男は二十代半ばの、たれ目がよく似合っている覇気のない男だ。さらには眠そうな半眼なのも雰囲気を助長している。
「旨いなぁ」
「あんたも旅をしてるのか?」
「いや、ここいらで生活してる」
全身で旅なんて面倒な事するかと言っている雰囲気だ。
「じゃあ街道沿いで何を?」
「飯の種を待ってただけさ」
食べるのは面倒じゃないのかちゃっかりと、おかわりまでして食べていた。
「この辺で寝てると魔剣につられて、盗賊やらがかかるんでそれを倒して暮らしてる」
「そんな悠長な……それで生きていけるのか?」
「それなりにはな。飯が食えて、寝る時間さえとれれば生きていけるさ」
これが怠惰たるゆえんなのか。自ら何かをしようとはしないらしい。無理に争うこともなし、俺達は先に進むか。
俺は仲間を振り返ると、唖然とした。
「何で寝てるんだ!?」
俺の声にも誰も反応しない。食べたまま、ゴロンとそのまま寝転がり、寝息を立てている。
「魔剣の影響なのか?」
『そうだ。やる気を削ぐだけなら、近くにいるだけで効果がでるのだろう』
「無害で有害か……」
俺が動揺している間にキリークも再び寝入っていた。
結局、一人一人を怠惰の圏外まで、俺が抱いて運ぶ羽目になった。
怠惰の方を移動させた方が楽なのだろうが、男を抱き上げる気になれなかった。
「す、すいませんでした」
パーティー内でも働き者のフェネが頭を下げる。皆を運んだ後、昼食の後片付けも俺がやったのが申し訳なかったらしい。しかし、再び怠惰の圏内に入らせる訳にもいかなかった。
「改めて魔剣の怖さを思い知ったような、そうでもないような……」
「本人が無害じゃから良いモノの、上手く利用する輩が出てくると脅威じゃ」
精神を操作される怖さを知った三人は、テンションがかなり落ちている。
「とりあえず進むか」
休養は十分なので、午後のペースはかなり進み、夕方には一つ目のエルフの村に着いた。
エルフの村は変わっていた。木の上に家が並んでいて、地上にあるのは旅人用の小屋だけだ。
「木と同化して過ごす為に、木の上に家を造ります」
エイレスの説明だが、イマイチ良く分からない。ノームも森を大事にしていたが、普通に家を造ってたしな。
「弓を使うには高いところが有利ですしね」
フェネの意見の方が納得できる。
「木の実を採るのも便利なんですよ」
エルフの主食は、どんぐり的な木の実が多いらしい。
どうやら食堂はあるらしいので、木を登っていく。縄でできた梯子を上がっていくと、木を組んで作られたデッキがあり、オープンカフェのように、テーブルとイスが並んでいる。
注文を取りにくるウェイトレスも当然エルフで、見目麗しい。
菜食主義のエルフの料理は、サラダばかりかと思ったが、そんなことはなかった。ハンバーグのようなナッツを潰して固めた料理や、味付けした具を薄皮の実に詰めたソーセージなど、一見すると野菜とは思えない品々が並んでいた。
その中に朝鮮人参のようないくつかに枝分かれした、根菜のステーキが出てきた。
「これがマンドラゴラじゃよ」
「あれだけ苦労して取るモノを姿焼きか」
わら人形のにも見えるその腕を切り取り食べてみる。
「ほう、甘い……しつこくはないし、なかなか旨いな」
人参を上手くソテーにしたような甘さと、染み出るようなうま味。複雑だが後に残らないすっきりとした後味。いくらでも食べてしまいそうな美味しさがあった。
もう一度箸を伸ばそうとしたら、セラドに止められた。
「薬効が強いゆえ、一切れにしといた方が良い」
「薬効?」
「ああ、疲労回復などの効能があるのじゃ」
そう言いながらセラドも一口食べて、その味に恍惚の表情だ。むむむ、美味しいゆえの制限か。
すっかりエルフ料理を堪能できた。
地上の小屋は他の旅人もいたので、ラミアの宿に戻る事にした。
その夜、かなり元気になってなかなか眠れない夜になってしまった。マンドラゴラにはかなり強烈な精力剤の効能があるようだ。それを何も説明せずに食べさせたセラドには、お預け処理にしておいた。




