外伝:カンプランの変事
カンプランの街を男が歩いている。小綺麗な革鎧姿だが、貴族が集まる二等区では浮いた存在だった。
この地区の衛士は、騎士が勤めるのが普通で、その姿は金属製の鎧。いかにも冒険者という男は、本来ならばすぐに捕まるはずだ。
「貴様、ここで何をしている」
「領主の館を目指してるんだが?」
「紹介状でもあるのか?」
あまりに堂々とした様子に、何らかの招待を受けた冒険者かと騎士は思った。
「これのことかな?」
次の瞬間引き抜かれた剣が、騎士の鎧を容易く断ち切り、その身を切り刻んだ。
「やはり大したことないな、殺す価値もなかった」
そういいながら何事も無かったかのように道を進む。周囲の衛士は、呆気にとられ見逃しそうになるが、職務を思い出し手にした槍を向ける。
しかし、背後からの一撃を見えているかのように避けて、次の瞬間には命を奪われている。
領主の館を訪れた男は、門番の誰何も気にせずに進み、館の中を歩く。
その行く手をふさいだのは、一人の女騎士だ。かなりの身分なのだろう高価な衣服に身を包み、鎧は着ていない。その腰には見事な意匠が刻まれた剣が収まっている。
「これはお初にお目にかかる。貴女を口説きにきました」
「何者だ、貴様」
気安く声を掛けてくる男に、警戒の色を濃くする女騎士。
「貴女のおかげで、ここまで入りやすかったですよ。嫉妬の使い手さん」
女騎士は腰の剣に手をかけ、相手の様子を伺う。その剣からは声が響いた。
「強欲だと?」
「ええ、貴女の能力は私の力にとって都合が良いのです。貴女はその剣の能力に不満があるのでしょう? 私がそれを補って差し上げますよ」
「何を言っている!」
女騎士は情報面でかなり先手を取られている事に焦る。自分の能力を知られ、それを目的に近づかれた。相手にはそれ以上の能力があると見るべきだ。
魔剣からは強欲の特性が伝えられる。相手の能力を奪い、自らのモノとする。自分の妬む相手がその実力を発揮できなくするだけの能力と比べて、なんと有能な事か。妬ましい。
「残念ながら、魔剣の持ち手には、魔剣の力は通じない。いくらこの魔剣を羨んでも、その力は封じれないよ」
「何が、望みだ」
女騎士にとって、現状はどうしようもなく不利だ。仕切り直さねば、相手にもならないのだろう。相手は自分が不利にならぬように、この場で全てを決するつもりのはずだ。
「最初に言ったでしょ。口説きに来たって。貴女が私の配下になるなら、貴女が不満に思ってる事を解決してあげる」
「配下だと」
魔剣の持ち手は感情が強い。それは相手に屈することを許さない。
「うん、配下が嫌なら、貴女の夫になるのもいいかな。何を妬んでいるのかわからないけど、貴女ほどの美人なら文句はない」
「勝手に話を進めようとするな!」
会話するほど相手のペースに引き込まれる。女騎士はそれを自覚し、心から相手を拒絶する。
「私の魔剣は相手の能力を奪う。しかし、それには相手を殺す必要がある。そのために、有能な部下ができないんだよね。その点、貴女は魔剣の持ち主。私の魔剣では元々能力を奪えない。ならば仲間になる方が合理的でしょう?」
自らの能力を口にする。ある程度は嫉妬により、肯定されるが、その心の底は見えない。
「何が目的なんだ」
「この世の権力者を滅ぼし、世界を奪うことさ。貴女には私の隣でそれを見届けて欲しいのさ」
どこまで本気なのか分からない。何もかもが煙に巻かれているようだ。
ただ自分の能力では、どうしても登るのに時間がかかる。有能な者の能力を封じ、足を引っ張るだけで、自分が強くなれる訳じゃない。
自分が上がるためには、有能な者を無力化するしかない。上がる頃には、周囲には弱者しか残らない。その頂点に立つだけでは、さらなる高みは遠くなるのだ。
このカンプランを手中に収めても、その頃には周辺諸国から大きく国力を減じている事だろう。
それがこの男ならできるのか。
「信じられないのは仕方ない。魔剣の持ち主だしね。互いを利用することを考えればいいよ。貴女は私を駒として、この街を取ればいい」
「それで貴様は何を取る?」
「世界を相手にする為の足がかりを」
本気……なのか。
「分かった、貴様を利用してやろう」
「決して損はしないと思うよ」
近年、頭角を現しつつあった女騎士が、急に夫を迎える事になった。
美人ではあるが、どこか人間味に欠け、人を寄せ付けない女騎士。その夫となったのは、人の良い笑みを浮かべた、当たりの柔らかい男。しかし、その心の底は見えない。
その男もまた剣士として、卓越した腕を見せ、カンプランの中核を担って行くことになる。
その最中、街中で起こった衛士の殺害事件は忘れ去られていくのだった。




