火トカゲへの対策
森の中は獣道すらまばらな未開の地に見える。そこをフェネは、するすると進んで行っている。獣人としての勘というやつか。
昨日サラマンダーを見かけた辺りまできて、その痕跡をあたる。
「向こうからきて、戻ってます。サラマンダーの拠点はあちらにあるのかと」
サラマンダーも産卵場所を中心に、周囲を警戒して回っているのかもしれない。
「ここからは、気を付けて進みます。マモルも注意してください」
俺はこれまでも必死だったんだが、フェネはそうでもなかったらしい。とりあえず頷いて返しつつ、フェネの後を追った。
その場所は大変な熱気に包まれていた。単体でも熱量を発するサラマンダーが、幾重にも重なり、一つの塊になっている。数えるのも面倒なほどに、うごめいていた。
フェネが身振りで離れるように指示してきたので、大人しく下がっていく。
それなりに距離を取ったところで、フェネが口を開いた。
「数は50を越えてましたね。100はいなかったと思いますが」
「俺達で何とかできる数じゃないよな……」
「とりあえず、皆で対策を検討しましょう。セラドさんなら、何か知ってる事もあるかと思いますし」
知恵袋としての立場は、フェネにも浸透しているようだ。俺達は慎重に痕跡を消しつつ、村へと戻った。家に帰るまでが偵察です、というフェネの徹底ぶりは信頼できる。
村に帰ってみると、包帯を巻いた戦士とセラドが向かい合っていた。
「もう起きて大丈夫なのか?」
「駄目です!」
「大丈夫だ」
セラドと戦士の意見は食い違っていた。
「火傷は、体の表面がひきつります。早く動くと、それが歪に固定されるので、安静が必要です」
「戦士が見た目を気にしてられるか。それよりも体がなまるのが問題だ」
どうやら互いの意見がぶつかってしまっているようだ。俺としては当然、セラドを応援する。
「あんたが動けるようになったのは、誰のおかげだ。その恩人の言葉を無視するのか?」
「う、しかし、早く戦えるようにならないと……」
「そこも問題だ。色々と対策を練らないと、とても対処できそうにない。あんたは、まず体を治せ」
「わ、わかった……」
セラドは満足そうに頷いていた。
戦士ムートを治療所に押し込みつつ、村長である老人を招いて、状況を伝える。
「ご、50匹ですと!?」
「あの場にいただけでな。警戒にあたっているモノもいるはずだから、実際はもっと多いだろう」
暴れようとしていた戦士も流石に声がでない様子だ。一人がどうこうで変わる状況じゃなくなっている。
「俺達は一匹でもそれなりに苦労した。あの数を全滅させる事はできない」
村長もそれは分かってくれて頷いた。
「もちろん、何もしない訳でもない。当初の目的通り、ここらの安全を確保するために、卵は何とかするつもりだ。そこでサラマンダーの生態をちゃんと確認したい」
セラドが分厚い辞書を取り出して開く。
「サラマンダー、火噴きトカゲは、黒く硬い鱗と口から炎を吐き、極めて攻撃的。周囲にも熱を発して、生態系にも悪影響を与える。主食は肉類で、弱点は水」
基本情報はそんなところだな。
「産卵時には周辺の個体が集まり、コロニーを作って卵を守る。産卵場所には雨の少ない、水気のない場所を選ぶ……まあ、そうじゃろうな」
「となると、やはり水気が大事だな。例えば、雨乞い的なのは?」
「天候操作の魔法となると、行える術者は限られよう。エイレスも主は風系統じゃし無理だろうのぅ」
「それにあの場所は、木々が生い茂り、天然の傘になっていました。雨が降っても、大した影響はなさそうです」
「後は川の流れを変えるとかか」
「か、川の流れを?」
村長が驚きの声を上げた。この世界では灌漑の概念が無いのか、ノームだからか。
「川の流れを変えるのは、自然と共存するノームとしては複雑じゃな。ただサラマンダーの繁殖を許すとそれ以上の被害もでそうじゃがの」
「位置関係はこんな感じです」
フェネが簡単な地図を描いてくれていた。狐人の方向感覚と、距離感はかなり正確らしい。俺は地図を見ながら、こんな感じなのかと自分の記憶があやふやな事に気づかされた。
「この辺りに川があるはずです」
俺達が通った道では川に当たらなかったが、フェネはその位置を感じていたようだ。
「なるほど、あの辺りか」
戦士として辺りを巡っているムートにも、その場所が分かってきたようだ。
「しかし川を引いたとしても、サラマンダーがいた場所は高台になっていて、水には浸からないのでは?」
「そこは助っ人を呼ぼうと思ってる」
夕方になるとエイレス達が街から帰ってきた。エイレスの持つ杖と、レイラの盾が変わっている。
エイレスが金貨を渡しながら、筆談用ボードを示す。
「水魔法を習得してきました」
隣のレイラが代読して、伝えてくれた。
「ありがとうな」
エイレスの頭を撫でながら、礼を言う。今後、川を引く工事をする間、サラマンダーの相手は俺達ですることになるだろう。その際に彼女覚えた魔法は活躍してくれるだろう。
「私もガラハド師匠から、盾の使い方をおさらいしてもらってきたよ」
「なるほど、それでその盾になった訳だな」
淡く光を放つ盾は、俺の手甲と同じミスリルか。サラマンダーの炎もある程度は防いでくれるはずだ。
ふとレイラが少し前屈みにこちらを見ているのに気づいた。上目遣いの瞳が、何かを期待しながらこちらを見ていた。
これはアレか、撫で撫で待機なのか。レイラは同い年くらいで、大人びた雰囲気もあるので、頭を撫でるのは失礼かと思ってたのだが……。
その頭に手を乗せる。ふわふわとした巻き毛は、エイレスのストレートな髪質と違っていて、撫で心地も変わっていた。
しばらくその感触を楽しむ間も逃げることなく、目を閉じて俺の手を感じているようだった。レイラもまだまだ女の子なのか。そう言えば、男勝りな部分と女の子らしさとを気にしてたのか。もっと女の子扱いしてあげた方がいいのかもしれない。
ドリスは今日の分の妖精の輪を開いてしまっていたので、パーティー全員で、ノームの村に泊まる事になった。昨日の家は三人が限界だったので、村長の家と分かれて泊まることにする。
するとエイレスとレイラが、俺と寝るのを主張してきた。
「いつもセラドさんとフェネさんばかりでずるいです」
エイレスのボードをレイラが代読する。そこには自分の気持ちも込められているようだ。その様子に、セラドは苦笑。フェネも残念そうだったが、身を引いてしまった。
二人は家に入ると、いそいそと上着を脱いで下着姿になってしまう。それは普段の動きを抑えるスポーツタイプではなく、リボンなどで飾られた可愛らしいデザインだ。それでいて、彼女たちの胸を主張させる谷間を際立たせていた。
そんな姿で俺を挟むように寄り添ってくる。その行為には、俺への好意と覚悟が感じられた。
結局のところは、俺の覚悟次第ということなのだろう。
俺はゆっくりとレイラへと手を伸ばした。
結論から言うと、俺は一線を越えることはできなかった。指と舌で彼女たちを満足させるにとどまった。それくらいの経験はフェネ達に鍛えられているので、十分に楽しませる事はできただろう。
荒い呼吸を整えながら、レイラが俺を見つめている。その笑みが少し寂しげに見えるのは俺の受け取り方か。
「マモルはさ、本当に優しいよね」
レイラの手が俺の頬に触れる。そして、そのまま抓られた。
「どうせ責任がどうとか、俺への気持ちが本物かどうかとか、考えてるんでしょう。でもね、抱かれる覚悟の責任は、私達にもあるの。貴方だけのものじゃない、それくらい背負わせてよ」
赤くなるほど引っ張られたとは思うが、その後は優しく撫でられた。
「すまない……」
「あまり大事にされると、やっぱり魅力ないんじゃとか、悩むのよ」
冗談めかして笑われた。背後からはエイレスも抱きついてくる。二人の温かさに包まれながら、夜を明かした。
翌日からはノームの力も借りて、川の流れを変える工事に入る。主にノーム達が工事する間、俺達でサラマンダーが近づかないように警備するのだ。
村の戦士ムートも、水の魔法がかかった槍を手に帯同している。怪我の方もセラドの許可はでていた。多少はならしが必要だろうが、本人は戦う気満々である。
それはエイレスやレイラもだった。新たな力を試したくてウズウズしている気がする。決して次のご褒美に期待している訳じゃないだろう。
フェネやセラドも昨夜の事は気にしていたが、どうやら色々悟ったようで、生暖かい視線を送られた。
工事自体はそれほど大がかりなモノではない。ある程度の水量を導けたら良いので、方向を転じて後は水の流れで作られる部分にも期待している。
その辺はフェネの平衡感覚や、エイレスの水の魔法である程度フォローしつつ進めている。
「来ました」
やはりサラマンダーの接近には、フェネが最初に気づいた。頭の上にある耳がピクピク動くのが可愛かったりする。
俺達は迎撃のための準備をする。俺は魔剣、ムートは槍。レイラの剣とフェネの弓には、エイレスの水属性を付与する魔術が掛けられた。
のそのそと歩いてきたサラマンダーが、俺達を見つけて威嚇の為か吠え声をあげた。
基本戦術は以前と同じ、頭の位置に気を付けながら相手を囲み、安全な方向から攻める。
危惧していたレイラの剣と、フェネの弓矢が、きっちりとダメージを与えているようだった。そこに俺の魔剣と、ムートの水槍がダメージを重ねていく。
やはりムートは、経験が豊かで強さもある。水槍を的確に突き入れ、反撃もしっかりと見切っている。どうしても大きく避けてしまう俺よりも、熟練の動きを見せていた。
さらにエイレスが水で作った弾を撃ち込み、ダメージを重ねると、こちらに被害がでる前に撃破することができた。
「一体なら問題ないな」
「さすがの腕前だな、マモル殿」
「いや、ムートの動きは見習わせていただきますよ」
先に褒められたら、褒め返すしかないじゃないか。
「追加が来ます、二匹」
フェネが声をあげた。もしかすると最初の吠え声は、仲間を呼ぶものだったか。
「一匹は俺が気を引いておくから、一匹を集中して一気に倒してくれ」
「それなら私が!」
レイラが声を出すが、まだ俺の方がレベルも高い。ここは男として頑張らせてもらおう。
「早く倒してくれるのを期待してるぞ」
俺は一人、パーティーから距離をとる。併せてセラドもついてきたが当然か、怪我する可能性は俺の方が高い。
程なく見えてきたサラマンダーの一匹の正面から左回りに移動して、足に切りかかる。切り落とす訳じゃなく、気を引くための一撃だ。
もう一匹には、フェネの矢が突き刺さっていた。さすが仕事が速い。俺はそちらを意識からはずして、目の前の一匹に集中する。
何とか頭を向けようとするサラマンダーを、左回りに避けながら、チクチクと切りつける。サラマンダーは完全に俺を見定め、ついてくる。
しばらくサラマンダーとクルクル回っていると、その頭で水弾がはじけた。そして、その背に矢が突き立つ。続けて俺も切りかかり、程なくして二、三匹目も駆除できた。
ノームの工事が進み、水の流れが変わって辺りに水気が満ち始めると、サラマンダーの襲撃も減ってきた。村を守るだけなら、堀を作ってしまえばいいのかも知れない。まあ、森自体を守りたいノームとしては、それじゃ駄目なんだろうけど。
水量としては、まだまだ少ないので、無駄に広がっているのをちゃんとまとめながら、サラマンダーが集まってる辺りに導かないと駄目だろう。
ただ日も傾きだしたので、今日の作業は切り上げた。
村に戻ると作業をしたノーム達と、夕食を一緒に取ることになった。一日の作業で、かなりこちらへの警戒は薄れたようだ。
「あんのサラマンダーを、簡単に倒しちまうとはな、冒険者はさすがだな」
「準備して、ムートがいての撃破ですよ。最初やった時は、火傷しましたしね」
サラマンダーから守ってくれてという思いも強いのだろう。俺としては、一人で追い払っていたムートには頭が下がる思いなんだが。
そのムートは、セラドを掴まえて何か話している。怪我の具合でも確認しているのかな。と、思ってたら、セラドがこちらを向いてやってきた。
「どうかしたのか?」
「ムートは悪い奴ではないのじゃがなぁ」
「そりゃ、一人で村を守る勇者だ。人望もあるだろう」
「まあそれと男としての魅力は違うのじゃ。ワシに村に残る気はないからの」
「は?」
「ふふ、ちょっと口説かれておったのじゃよ」
少し得意げなセラドに、心がかき乱される。そりゃ、セラドは可愛いし、有能だし、魅力的だ。放っておく手はないだろう。セラドも同族相手がいいのだろうか。
「なんて顔をしておる。ちょっとはワシが、フェネ達に感じる気持ちがわかったかの?」
そういいつつ、俺に体重を預けるように寄り添ってくる。
「あ、ああ、俺は思ってた以上に、セラドを失いたくないみたいだ」
「む、むう、また、そう言うことをぽろりといいよる……」
二人して赤面してしまった。セラドは最初に村に残る気はないといったのだ。ムートになびくことはなかったのだろう。冷静になれば気づくことも、心乱されると分からなくなるものだな。
俺からもセラドを抱き寄せて、一緒の時間を過ごした。ムートには悪いがこの温もりを手放すつもりはない。
夜にはラミアの宿に戻ることにした。二日ほど風呂の入ってないし、ラミア自身にも用事があったからだ。
セラドは洗髪剤の研究もあるしどうするか訪ねたら、その研究を試したいとついてきた。
この世界の合成は、抽出に手間のかかる油なんかも、一瞬で作れてしまうようだ。ある意味では、現代よりも進んでいると言えるだろう。
セラドは自分の髪で試しているようだが、どうだろうか。楽しみでもあり、不安でもあるな。




