森の中の小さな村
翌朝、ラミアの宿で朝食をとってから、妖精の輪をくぐる。ちゃんと昨日の倒木があった広場に出て一安心。一日の旅程を繰り返さなくて済んだ。
「どうよ」
「本当に助かるよ、ありがとう」
「お、おう……」
ドリスは感謝に慣れてないのか、お礼の言葉に赤くなってエイレスの頭に隠れてしまった。
今日はご褒美を欲しがったフェネを先頭に、東への進路を進む。一応、『カンプラン』で仕入れた情報では、森を迂回して東の方へ行くと街があるとの事だった。それをショートカットする形で進んでいる。まあ昨日のサラマンダーなどは、俺達でもそれなりの苦戦するので、交易の新たなルート開拓にはならないんだろうけど。
先頭をフェネに任せて、俺はセラドと会話する。
「整髪に使う植物や油とな?」
「ああ、俺達の世界では髪を洗うときに、単なる石鹸とかじゃなく、専用の洗剤を使うんだ」
「ふむ、それは興味深いのぅ。石鹸もこの世界では貴重じゃが、それでも髪には悪いのじゃな?」
「確か髪の油分を石鹸で取りすぎると、かえって髪を痛めるとかだったと思う」
「今はお湯で洗うだけじゃが、それも繰り返すと悪いのかのぅ」
「専用の洗剤を使うくらいだし、何らかの影響はあるんだと思う。香りを付けるのもあるみたいだけど。まあ、セラドは髪に気を使ってるし、色々と研究できるかなって」
「ふむ、面白いのう。ワシの薬品調合の合成とも相性よさそうじゃしやってみるかの」
「うん、楽しみにしてる」
そういいながら、セラドの髪を撫でる。その手触りは滑らかで、十分に心地良いのだけど。
「この先に村があるようです」
そろそろ昼になろうかというとき、フェネが振り返って言った。こんな森の中に村?
「様子はわかるか?」
「そうですね、いくつかの家と、何人かの村人は見えます」
丁度昼飯時ということで、鬱蒼とした森の中よりは、村とかの方がありがたくはある。
「ひとまず話してみて、ヤバそうなら逃げるか」
そんな消極的な目算で、村へと近づいてみることにした。俺とフェネ、レイラが表に立ち、セラドとエイレスには逃げれるように後方を確保してもらう。
「こんな辺鄙なところへ、ようこそ旅の方」
ゆっくりと近づくうちに、村の方でも俺達を見つけていた。外にいたものは、ほとんどが家に入ってしまい、残っているのは一人の老人だった。
しかしその老人、白く長い髭を生やしているが、顔は幼く皺も見えない。子供が付け髭をしているような違和感があった。さらに身長も低く、150cmほどしかなかった。
「俺達は東に向けて旅をしているんだが、良ければ昼食に場所を使わせてもらっていいだろうか?」
「ほうほう、それなら我が家をお使いくだされ。じじの一人暮らしじゃから、場所は空いておるよ」
そういう老人に先導される形で、少し大きな家に案内された。
「ここは、ノームの村じゃ」
セラドが小声で告げてきた。
「ノーム? 確か排他的な村なんじゃなかったっけ?」
「どうせ困った事があって、協力を求めたいとかじゃろ」
村に嫌気がさして飛び出したセラドは、同族に対して辛辣な意見を持っていた。何にせよ、くつろいで昼飯を食えるなら、今はそれだけでありがたいんだが。
老人の家は、入り口がやや低くなっていたものの、中は広く作られていた。俺達五人が入っても、まだ余裕がある。
多分、この老人がまとめ役で、ここは集会にも使われる家なのだろう。
「大したものはありませんが、おくつろぎくだされ。お茶は煎れますでな」
言葉に甘えて、俺達も昼食の準備をする。旅の為に買った干し肉と固めのパンを中心に、ラミアが用意してくれたスープをフェネが温めてくれている。
老人がお茶を煎れてきてくれたので、それを各人に回して準備完了だ。
「それでは頂きます」
「「頂きます」」
別にそうした決まりもないのだけど、俺の合図に皆が声を合わせて食事を開始した。老人の煎れてくれたお茶はハーブの効いた独特の風味だった。
セラドはそれを飲んで、少しほっとした表情をしている。懐かしさはあるのだろう。
「皆様はどちらからいらっしゃったんでしょう?」
食事がある程度済んで、お茶のおかわりをもらったところで、老人が話しかけてきた。
「カンプランの街からです」
「ほう、となると森を抜けてこられたので?」
「そうだな、湖を回って東に進んできた」
「なるほど……すると、変わったことはありませなんだか?」
「変わった事?」
普段を知らないだけに、変わったことと言われても思いつかない。
「ふぅ、サラマンダーのことじゃろ。あれは森に良くない生き物じゃからな」
お茶を飲みつつセラドが答えた。
「ああ、昨日倒した奴か。あれはなかなか手強い奴だったな」
「ほうほう、あれを倒しなさるか……」
その老人の目がきらりんと光ったような気がした。セラドのいう困り事という奴か。
「実はこのところ、サラマンダーがこの周辺に現れ始めてましてな。奴らはいるだけで、周囲の気温を上げますので、森の木々によくないのですじゃ」
「素直に困ってるから倒してくれと言えぬモノかな」
セラドさんがちょっと怖いです。
「す、すいません、正にそうなのです。この村の者では歯が立ちませんで」
「しかし、アレは俺達も簡単では無かった。特にあの鱗は厄介で、魔法があってようやく倒せた感じだからな」
俺の視線がエイレスに向くと、エイレスは微笑み返してくれた。やるなら頑張るという感じか。ご褒美を期待してる訳でもないだろうけど。
「それに関しては、この村に伝わる武器がございます」
「なら村人でも何とかなるんじゃないのか?」
「村一番の戦士が負傷しまして……一人ではなかなか厳しいのです」
「とりあえずその戦士の話を聞こうか……」
セラドは複雑な表情でこちらを見ている。先にセラドと話した方がいいかな。
「まずはここを片づけますので、その後で案内してくれ」
「はい、わかりました」
片づけ自体はさほど手間ではない。単にセラドと話す時間が欲しかっただけだ。
「別に出身の村というわけじゃないのだろ?」
「それはそうなのじゃが、端々に昔を思い出させるのでのぅ」
未だに顔を見せるのが、あの老人だけというのも排他的な証拠なのか。困ってる様子を伝えて、こちらから手伝おうと言い出すのを引き出そうとしたあたりとかか。その辺は交渉で、仕方ない部分だろうが、気になってしまうのだろう。
「俺としてはセラド次第かとは思ってるんだが」
「わ、ワシだって困ってる人は助けたいのじゃぞ?」
元々は素直じゃなかったセラド。このところは俺に打ち解けてくれていたが、ノーム相手ということで調子が狂ってるのか。
「そういえば、セラドも最初は迂遠で、こっちの反応を伺いながら話してたな」
「あー、あー、分かったのじゃ。ワシは同族を助けたいのじゃ!」
やっと素直になれたセラドの頭を撫でてやる。ひとまずの方針は決まったが、相手から報酬を引き出すのは交渉だな。
老人に連れられて、一軒の家を訪れる。そこには包帯を巻いた男が寝かされていた。入ってきた俺達にやや警戒した雰囲気を出している。
「セラド、まずは回復してやって」
「うむ」
セラドが近づき、包帯の上で指揮棒のような杖を振り、呪文を唱える。
「うう、あ……す、すまない、助かった」
最初は警戒心が強く出ていた戦士だったが、回復してくれたのが同族である事に気づいたようで、素直に礼が出ていた。もしかすると、セラドの美貌に見惚れているのかも知れない。
戦士は上半身を起こして、セラドに頭を下げつつ、こちらを見た。まだ幼く見えるが、ノームの年齢は顔では分からない。
「あんたら、旅人か」
「ああ、サラマンダーの事を聞いてな。この村の戦士として、戦っていたのだろう?」
「一応はな。見ての通り、やられてしまったが」
自嘲気味に笑える姿からは、なかなかの経験の持ち主に見える。
「サラマンダーの鱗に通じる武器があるとか?」
「ああ、水の魔法がかかった槍がある。あんたらで使える人がいるなら貸すが」
「レイラはどうだ?」
「一通りは習ったけど、実戦では使った事はないからな」
「フェネは?」
「多少は使えますが、本職には到底およびませんね」
「ということだ。傷を治して戦ってもらうことになるが、どうだろうか?」
「それは願ってもないことだ」
「セラド、彼の具合は?」
「火傷があるからな、少し時間はかけたい。二、三日かのう」
俺は老人の方を向く。
「俺としては仲間を必要以上に、危険には合わせたくない。まずは戦士の体力を回復して、それから事に当たりたいがいいか?」
「こちらとしては、助けていただけるだけでありがたいことです。先の事を考えたら、戦士を回復して下さるのもありがたいです」




