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道なき旅と火トカゲ

 ラミアの宿を利用させてもらって、一夜が明けた。ベッドはそれなりのものが揃っていて、内装はこれからと言いながらも小綺麗にまとまっているので、使うのに文句はないだろう。

 風呂で結構楽しんだが、その時は大人しかったセラドが俺のベッドに潜り込んできてた。セラドはやはり二人の時間が楽しいのだろう。フェネもその辺は理解してて、昨日は大人しく一人で寝ていた。


「それではいつでもお待ちしていますね」

 ラミアは下半身が蛇に戻った姿で俺達を見送ってくれた。妖精のドリスは、エイレスの頭の上に乗っている。彼女の能力は、試してみないと何ともいえないが、夜になるまでは旅を楽しんでもらえればいいだろう。

 俺は湖を回るように森を進む。特に目標というものは無いが、東に向かって進めるだけ進もうと思っている。フェネとしても、明確な目標はないらしい。ただ自由に、その空気を楽しむのが狐人に必要な感覚ということだった。

 湖畔にはリザードマンが寝転がっているが、こちらを気にする素振りはない。ここらのリザードマンは温厚で友好的だ。

 ダンジョンで壊滅させられた記憶から、エイレスは怖がっていたが気楽に挨拶する様子に不思議そうにしていた。


 森を進み湖の反対側まできた。遠目にラミアのお風呂兼宿が見える。さすがにその姿までは確認できなかった。

 そこから先は未知の領域だ。木々の密度はあがり、かき分けて進むのは冒険という感じを受ける。

「蛇とかいないわよね……」

 レイラは不安そうだが、基本的に動物というのは人を避ける。特に集団で行動してれば襲ってくることはまずないだろう。

 もしその体を踏んだりしたら流石に怒ってくるだろうが。

 とりあえず東へ。方角も太陽の位置から適当に類推してるだけなので、ちゃんと進めてるのかどうか。

「湖から離れているのは確かですよ。先に何がありますかね?」

 フェネは方向感覚にも優れているらしい。旅を続ける狐人としては当然か。

「ううーん、森ばっかだねぇ」

 ドリスとしては、森は慣れたモノなのだろう。変わり映えのしない景色に退屈そうだ。エイレスはそんな彼女を邪険にすることもなく、時折撫でたりして可愛がっている。エルフには妖精も身近な存在なのか。

あるじよ、攻撃的なのがいるな』

 本当の危険は魔剣が察知して、教えてくれるので便利だ。レイラに手で合図して、自分も柄に手を添える。


 茂みから現れたのはリザードマン? いや、トカゲか。鋭い歯が並び、威嚇するように口を開いた。色は黒く、口と目だけが赤くなっている。

「サラマンダーじゃ、正面には立つな!」

 その声と共に、トカゲの口から炎が吐き出された。咄嗟に左手で顔は庇うが、全身が熱い。

「くそっ」

 転がるようにして、服に付いた火の粉を払う。それと共に、体の表面を水の膜が覆ってきた。また新たな攻撃かと思ったが、痛みもなく動きを阻害するわけでもない。

「エイレスの水の加護じゃ。多少の火は防いでくれるじゃろ」

 俺の様子にセラドが答えてくれる。役に立つ知恵袋先生です。

 俺は反撃の為に魔剣を抜く。既にレイラは盾と剣を構え、トカゲの表面を矢が叩いていた。

 サラマンダーの周囲を囲むようにフェネとレイラとで位置取り、隙を見て攻撃する。口からの炎が最大の驚異だが、爪も鋭くしっぽも太い。

 魔剣の魂食らいは、意志のある者の心を挫くことはできるが、魔物のように本能がそのまま攻撃的な場合は、効果が薄い。

 とはいえ切れ味も鋭い魔剣は、それだけでもパーティーで一番のダメージソースではあるのだ。俺が的確に攻撃するのが、大事だった。

 首を振り、口を開いて威嚇するトカゲ。俺はその前足を叩いて気を引く。フェネの矢は硬い鱗でほとんどが弾かれ、レイラの剣も表面を滑っている。

 そんな硬さを見せるトカゲの肌が、急に弾けて赤いモノが飛び散った。

「グルオオオォォォ」

 苦悶にも思える声がトカゲから漏れる。すかさず俺が踏み込み足を刺す。開いた傷口に矢が刺さり、レイラの剣も続く。

 一気に傷を増やしたトカゲは徐々に動きが遅く、小さくなっていき、やがてその動きが止まった。最後に眼窩へと魔剣が刺さり、その魂を食らい尽くした。

あるじよ、終わったぞ』

 止めを刺せたことを、魔剣が教えてくれる。俺は血糊を拭って剣を鞘に納めながらエイレスを振り返った。この戦いの殊勲は彼女だろう。

「エイレス、助かったよ」

 エイレス自身も嬉しそうに微笑んでいる。その頭を撫でてやると、間でドリスが潰れていた。


 サラマンダーのドロップ品に、懐炎石かいえんせきというのが出てきた。

「どうやら常に一定の熱を蓄えている石のようじゃな」

 《鑑定眼》は人のステイシアも確認できるが、元々はアイテムを鑑定する眼らしい。見ただけである程度の効果が分かるまさに生き字引的な役割。

「なるほど……」

「私が持ちましょうか」

 自らも火を操る魔道士でもあるフェネは、何気ない感じで石を拾う。石のあったあたりからは、湯気が立ち上っているのでそこそこ熱そうだが、涼しい顔をしている。

「人肌よりはかなり熱いですね。でも熱湯ほどではないです」

 十分熱いだろう。

「ラミアさんにいいお土産になりますね」

「?」

「これがあれば、私が居なくてもお湯が作れます」

 お風呂の湯沸かし器に使えるのか、それは重宝だな。


 そこからまたしばらく東へと歩いたが、大きなイベントは特に起こらず、日が傾いてきた。

「今日はこの辺までか」

 少し大きめの倒木があり、ちょっとした空き地になったところで皆を振り返る。

「そうじゃな。それなりに歩いてきたかと思うんじゃが……」

「道が無かった分、それほどの距離じゃないですが、初日ですし言い頃合いじゃないですか」

 フェネとしては満足ではなさそうだが、区切りとしては良さそうだ。エイレスもやや顔に疲労が見ている。その頭から光りが飛び出した。

「じゃじゃーん、ここでドリスちゃんの出番だね!」

 クルクルと円を描くように飛んだドリスが、何やら不思議な調子のメロディーを口ずさむと、足下に光の輪が浮かび上がった。

「この輪に入ると、ラミアの家まで飛べるよ!」

 そう言ったドリス自身がその輪に入って消えてしまう。残された面々は顔を見合わせる。まあ悩んでも仕方ないので試してみるか。

 恐怖心の無い俺が、その輪へと足を踏み入れる。少し立ちくらみをしたかと思う浮遊感、眩しさに眼を瞑ると、次に目を開いたときには屋内に立っていた。

「あら、お帰りなさい」

 ラミアがとぐろを巻いてくつろいでいた。本当に帰ってこれたようだ。

「どうよ」

 俺の目の前でドリスがない胸を張る。

「いや、本当に凄いな。一日の距離が一瞬か」

 そう思っていると、小柄な体が俺を押しつぶした。

「ふおっ、ついたのかや」

 妖精の輪は直径で1mほど、人が一人で一杯になるくらいだ。次に転送されてきた人は、前の人の上に出るようだ。

 俺は慌てて妖精の輪から離れる。すると、フェネ、レイラ、エイレスと次々に輪の中で絡み合うように倒れた。

「輪をくぐるときは、時間をとらないと駄目だな」


 フェネは早速、懐炎石を持って風呂の方へと向かった。俺はそれをラミアに報告する。

「それは便利ですね。常時風呂を沸かせるんですね」

「水を汲む手間はあるだろうがな」

「それは自分でできますので」

 そういえばラミアは水の魔法で湖の水を風呂に運べるんだった。熱源さえあれば、風呂屋として開業できるだろう。

「準備できました。熱量に限界があるので、多少は時間がかかりますが、常に温める事になるので最初や水を追加した時以外は大丈夫でしょう」

 設置を終えたフェネが説明する。

「じゃあ、風呂にするか」

 皆で風呂場へと向かった。


「エイレス、髪を梳こうかの」

 セラドがエイレスに櫛を入れていく。丁寧な作業にエイレスも心地良さそうだ。

「セラドさんの手入れは気持ちいいんですよ」

 フェネもその姿を憧れるように見つめている。セラドは人一倍髪に気を使っているので、その技術が進んでいるのだろう。

「私もお願いしようかしら」

 ラミアも自らの髪を撫でながらそんな事を言っている。そういえば、シャンプーみたいなモノは無いんだよな。確か椿油とかは、昔から整髪料として使われていたと思うがどうなんだろう。

 そういうのを探すのも面白そうだな。何より手触りの良い髪は撫でてて嬉しいしな。


 髪の手入れを終えたエイレスは、次に俺の所へやってきた。例の筆談用ボードを持っている。

「マモルさんからもご褒美が欲しいです」

 フェネが代読しつつ、俺の様子を確認している。どうやらサラマンダー相手での活躍で、セラドが髪の手入れをしていたようだ。

「まあ今日はエイレスに助けられたしな……」

 浴槽の淵に座らせて、まとめ上げた髪で露わになった背中を流してやる。

「痒いところはないか?」

「それはないですけど」

 フェネが介在するだけに、なかなかもどかしいやり取りだ。エイレスの視線は、もっと別のご褒美を期待しているのだろう。しかし、エイレスはまだそういうことに憧れてるだけみたいだし、ここは別のご褒美を与えてみよう。

 髪をアップにして、見えている首筋に指をあてていく。後頭部から首にかけてを揉みほぐしていく。この世界にマッサージの概念があるかは分からないが、その筋には張りもあって、軽くさすってやる。そこから肩にかけてと、徐々にその範囲を広げ、お風呂で血行も良くなっているので効果は高いだろう。

「次はうつ伏せになって」

 浴槽の隣に手拭いを敷いて、そこにエイレスを寝かせる。肩から背中、腰にかけてと流れをよくしてやる。

「……」

 エイレスは声にならない声を上げて悶えている。長距離を歩いたこともあり、それなりに疲労がたまっていたようだ。

「何か気持ちよさそうですね」

 横で一部始終を見ているフェネから、羨ましそうな声がかかる。

「マッサージってやつなんだけどな。肉体的な疲労を緩和する作用があるんだよ」

 まあ見よう見まねなんだけどね。一通り解してやって、風呂に入れ直してやると、火照った顔で喜んでくれてたから良しとしよう。

「私もご褒美もらえるように頑張りますね」

 フェネが対抗意識を燃やしていた。


 ドリスのおかげで夜もベッドで寝られるのはありがたい。やはり野宿で固い地面で寝るのとは、疲れのとれ具合が違うだろう。

 明日に向けてゆっくりと休む事にした。

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