盗賊退治の対価
翌日、隣で眠るエリザベスに少しドキリとした。かなり激しい夜を過ごしたが、疲れは残っていないようだ。これも身体能力が向上しているという事だろうか。
俺が起きると、エリザベスも目を覚ましたようだ。俺を見上げて頬を染めている。全裸の上に、シーツを巻き付けながら立ち上がった。
「おはよう、ございます」
「ああ、おはよう」
昨夜は不慣れというか、初めてだった俺をリードするところから始まり、最後はかなり激しく求められた。あれだけの事をやっても羞恥は残るのか、あれだけやったから恥ずかしいのか。
「朝食の準備をしますね」
「ああ、すまない」
そそくさと部屋を出るエリザベスを見送った。
朝食の席では、村長が今日の段取りを教えてくれた。朝食後に村を出ると、昼過ぎには街へと到着するらしい。盗賊の生き残り七名が一緒なので、馬車を用意してくれるらしい。
「あとこちらは盗賊の持っていた貨幣です」
そんなものもあったのか、すっかり失念していた。貨幣の単位や価値がわからないので、どうしたものか。
『ここで格好つけても、何の足しにもなりませんよ。この世界の金は持ってない訳ですし』
魔剣のアドバイスに、ありがたく頂戴することにした。銀貨が15枚と、銅貨が27枚。
『銅貨五枚で外食一回ってくらいだな』
銅貨一枚で百円くらいか?
「盗賊を討伐した報酬は、兵の詰め所で頂けるはずです。同行する商人に、案内させますので」
「ああ、ありがとう」
「いえ、命の恩人にこの程度しかできなくて、申し訳ありません」
お礼ならエリザベスに貰ったとも言えるんだかけどな。目が合うと、にこっと微笑まれた。
いざ出発となる。エリザベスも名残惜しそうに見送ってくれる。
「また近くにお寄りの際は、いつでも訪ねてくださいね」
「ああ、そうさせてもらう」
ああそうだと思って、先程受け取った貨幣から、銀貨を一枚エリザベスに握らせる。
「何かうまいものでも食べてくれ」
「こんなモノ、いりません!」
渡した銀貨を投げつけ、エリザベスは顔を真っ赤にして走り去っていた。
『主……今のは駄目ですよ。商売女でもないのに、金を渡すなんて侮辱です。街についたら、簪でも買って贈ってやるんですな』
女性に不慣れな部分が出てしまったようだ。魔剣の言うように何か贈ってやろう。
馬車は荷馬車で、荷台には七人の盗賊、かなり大人しい。魂と一緒に反抗心も食らわれている。
御者台には、同行する商人が待っていた。
「手数をかけるな」
「いえ、そろそろ街に出る頃でしたので」
社交辞令かもしれないが、嫌な顔はしていない。一応、俺はこの村を救った英雄という扱いなのだろう。
「街までは四時間ほどですが、街道は整備されていますので、休んでいてください」
といってくれはしたが、現代のゴムタイヤに慣れた俺は、木の車輪の衝撃はなかなかにくるものがある。
しばらくは青々とした麦だろう畑が広がり、風景の変化もあまりない。
「旅をしてこられた割には、軽装ですね」
「ああ、まあな……」
「その剣はかなりの業物のようですし、用心棒でもしながら?」
「そんなところだな」
会話してくれるのは暇つぶしに丁度いいが、突っ込んで聞かれてもあまり答えれるものではない。
「これから行く街は大きいのか?」
「そうですね、ここいらを治める領主様の街なので、かなり大きいですよ」
「なるほどな、冒険者としても登録できそうだな」
「はい、その辺りの案内はお任せ下さい。兵の詰め所で盗賊を引き渡したら、そのまま役所で申請できるはずです」
「ふむ、その辺りは任せる」
ポクポクポクポク、馬の足音が規則正しく続き、それなりの眠気が訪れ始めた時だった。
「む、スライムだとっ」
商人が手綱を引いて、馬を止めた。見ると道の真ん中に、緑の池ができていた。
「あれがスライムか……」
有名なゲームの影響で、スライムといえば丸っこいイメージだったが、そこにいるのはドロドロとしたゲル状の物体だ。
「物理攻撃は効きませんし、火で追い立てるしかありませんな」
「ふむ、とりあえず切ってみるか」
俺は御者台を飛び降りて、スライムへ近づいていく。
『あ、主よ。スライムを切るのか……』
「ん? まずいのか?」
『うむ、不味いな。味のしないゴムみたいな食感で、後味も悪い』
「何だ、味の好みの話か。まあ、他に何かいたら切ってやるから、我慢しろ」
スライム自体はプルプルと震えながら、じわじわと移動するだけなので、攻撃するの容易だ。
ズプリと魔剣を突き刺すと、口の中に科学薬品のような、苦みとも臭みとも言えぬ何とも言えぬ味が広がった。
「ぐ、グラトニー!」
『我は食だけが楽しみなのよ、その苦しみをお裾分けしてやる』
水筒を取り出して口を濯ぐが、実際に口に入れた訳でもないので、和らぐものでもなかった。
『ほら、そこにラットがいるぞ!』
「そこかっ」
振り向きざまに草むらを突き刺すと、確かな手応え。口の中の違和感が緩和されていった。
仕留めたラットは、盗賊の一人が綺麗に裁いてくれた。野外生活の多い盗賊にとって、サバイバル技術は大事なのだろう。
一口大に切り分け、串焼きにして早めの昼食になった。
「いやぁ、スライムも一突きとは凄いですね」
「もうやりたないがね……」
口の中に広がった味は、もう思い出したくもない。ラットの肉を塩焼きに、味を更新できてなんとか落ち着けた。
引き続き馬車に揺られていくと、もうトラブルに遭うことなく、街へと到着した。
領主の街との事だが、かなりの大きさだと思う。中心部は、高い城壁で覆われた一等区らしい。
その周辺に整備された二等区、商人主体の三等区、その他出入りの激しい四等区以下となるらしい。
盗賊を引き渡す兵の詰め所は三等区にあり、馬車で乗り入れる事ができた。
「ほう、七名とは大量だな」
馬車が入ったのを見ていたのだろう、兵士の一人が話しかけてきた。
「こちらで盗賊討伐の報酬をもらえると聞いたが……」
「ああ、任せろ。コイツ等は奴隷行きでいいな?」
「奴隷?」
「がたいはいいし、大人しい様だから、それなりの値はつくだろう」
「わかった、任せる」
『主の世界は奴隷制度がなくなってたんだな。ここいらでは、犯罪者を強制労働力として使うのが、一般的なんだ』
魔剣の説明に頷く訳にもいかずに聞き流す。
「あと、冒険者としての登録も頼みます」
ついでとばかりに、商人が付け加えた。どうやら兵士の口利きで進めやすくなるみたいだ。
「そうか、旅人ね。手土産持ってきてくれて、無碍にはしないよ。書類の準備もあるから待合いで待っといてくれ」
気さくな様子で請け負った兵士が去っていく。
「それじゃ、私もこれで失礼しますね」
「あ、ちょっと待ってくれ、村にはいつ帰る?」
「そうですね、一通り買い物を終えてからなので夕方頃かと」
「そうか、その時に届け物を頼んでいいかな?」
「はい、それは構いませんよ」
商人は嫌な顔一つせずに引き受けてくれた。もしかしたらエリザベスとのやり取りを見られたか……。
商人を見送り、しばらく待っていると、兵士が帰ってきた。その顔は少し驚きも見える。
「いやぁ、あそこまで従順になるなんて、どんな倒し方をしたんですか」
などと切り出された。
「まあ、ほどほどにな」
「アジトの方はまだいかれてないんですよね? どうします?」
そうか、盗賊の根城もあったのか。そちらにも幾ばくかの蓄えはあるのだろう。ただ移動に使う足もなし、下手に欲張ることもないだろう。
「任せます、人手もないですしね」
「わかりました。討伐報酬として、金貨一枚。盗賊を奴隷として一人につき金貨一枚で計八枚となりました」
銅貨が百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚だから、800万といったところか。あの手間で考えるとかなりの報酬だったといえる。
「あとは冒険者の登録ですが、ここに名前と出身の記載をお願いします」
魔剣が脳裏に描く文字をなぞるように書いていく。名前はマモルで、出身は東方を表す言葉が記された。紙自体に魔力が込められていて、同じ名前でも個人が特定できるようになっているらしい。
「はい、これで登録しておきます。今後は名前だけで、対応可能になりますので、魔物や盗賊の討伐をお願いします」
兵の詰め所を出て、最初の目的はエリザベスへの贈り物か。アクセサリーってどこら辺にあるのか。確か商業区は詰め所のあるこの辺だが、四等区の方が出入りは多かったはず……。
「ソナタ、呪われておるぞ!」
何かとんでもない事言われている人がいるなぁと思いながら、足を踏み出すと足に何かがぶつかった。見てみると子供が足に張り付いている。
「ご、ごめん、大丈夫?」
「ソナタ、呪われておるぞ!」
ビシイと俺に指を突きつけて、叫ばれた。当たり屋の類か。そういえば、大金も持ってるし、気をつけないとな。
「はいはい、またな」
頭をポンポンと叩いて、過ぎ去ろうとしたが、足を放そうとしない。
「ソナタ、冒険者の初心者じゃろ!」
さすがに面倒になってきた。そのまま歩いて路地裏へ。途中で離れるかと思ったが、ずっとへばりついている。
「うわわぁ」
路地裏の人目を避けれるところまで来て、子供を引き剥がした。
「なんだ、浮浪者か?」
「無礼な、ワシはソナタのような初心者を助けてやろうと……」
『小人族だな、ノームだろうか。外見は子供のまま大人になる種族だな』
「ふうん……」
頭を挟むように掴み、上を向かせる。緑を深くしたような黒の髪が、鼻の辺りまで伸びて瞳を隠している。それをかき分けてやると、右目は赤く、左目は紫色になっていた。肌艶はよく、旅人から小銭をせびる類の浮浪者では無いことはわかった。
「ふむ、綺麗だな」
「はやっ、ワシはその……」
急に顔を赤くして、わたわたと暴れ出した。仕方なく放してやると、前髪を下ろして瞳を隠す。
「これは呪いではないぞ、生まれつきじゃ」
「たまにあるらしいな、聞いたことはある」
「それよりも、ソナタじゃ。ソナタは確実に呪われておる! ステイシアを確認すればわかるじゃろ!」
「ステイシア?」
「ふふん、ステイシアも知らぬ初心者が。ワシの言うことを聞けば、呪いを解いてやってもよいぞ」
『ステイシアは、自らの状態を確認できる魔法だな。誰でも使える。右手を見るようにして、ステイシアと唱えてみるがいい』
「ステイシア」
右手から半透明の板が飛び出し、俺の個人情報が表示された。
名前:マモル
称号:駆け出し冒険者
職業:剣士Lv5
魔法:なし
スキル:なし
状態:呪い
「ふむ」
『呪いは我が主の感情を食ろうておるからだな』
「な、なぜ、ステイシアの事がわかった……いや、呪われている事実は変わらぬ。ワシが解いてやろうぞ」
「てきるのか?」
『無理だろう』
「当然じゃ」
「では、無理だったら言うことを一つ聞いてもらうが良いな?」
「え、そ、それは、その……」
「無理なら言うな、それじゃあな」
その子を置いて去ろうとすると、慌ててしがみついてきた。
「で、できるとも! 見て驚くがよい!」
服の中から短い杖を取り出して振り始めた。オーケストラの指揮者のように、両手で抑揚をつけながら。杖の先に白い光が宿って、俺の方へと飛んできた。
魔剣で打ち払うこともできたが、そのまま受け止める。一瞬、体が淡い光に包まれたがすぐに消えた。
もちろん、ステイシアの状態も変わっていない。
「変わらんな」
「う、そ、それは……」
「じゃあ、一つ言うことを聞いて貰おうか」
ニヤリと笑うとその子は少し腰が引けている。
「買い物につきあってくれ」