剣術の修行
夜が明けた。
今までは奥手だったセラドまでが積極的だったのは、奴隷商での一夜のおかげなのだろうか。といってわざわざ機嫌を悪くするのもおかしな話なので、試そうとは思わないけど。
左にいるセラドがもぞもぞと動き始めた。目が覚めたのだろう。こちらを見上げて目が合うと、ほんのりと頬が赤くなる。
「おはよう」
「おはようじゃ」
そういいつつも逃げようとするので、思わず捕まえてしまった。
「じゅ、準備をせねば……」
目が泳ぐセラドは、昨夜の積極的な自分が恥ずかしかったのかもしれない。そんな愛らしい少女を抱き寄せてキスをする。
逃げようとしていたが、一度してしまうとたっぷりと時間をかけたキスになった。
「仕方のないやつじゃな、ソナタは」
「うん、ごめんね」
少し微笑んでもう一度、軽く口付けるとセラドは身支度の為に、離れていってしまった。ちょっと寂しいと思っていると、右側から引っ張られる。振り返ると、フェネが目を閉じて口を尖らせていた。
その唇に自らを重ねると、フェネの腕が俺の首を引き寄せ、情熱的に求められた。
「おはようございます、マモル」
「うん、おはよう」
「朝から元気ね」
「いや、それは生理現象だから」
というか朝からそんなところを握らないで。体を寄せるから柔らかいところも押しつけられて、興奮しちゃうから。
「そうなの……」
少し残念そうに、フェネも起き出した。セラドと並んで髪の手入れをはじめている。あまり櫛を使う習慣が無かったらしいフェネは、セラドに髪の手入れの仕方を習っているらしい。おかげで元々綺麗だった銀髪に、艶が出て手触りも良くなってきている。
あとは入浴の習慣も取り入れられれば、もっと良くなりそうだが街中では難しい。そのうち湖畔に小屋でも作って引っ越すか?
「それでは私は、姉さんのところへ行ってきます。まだ産後間もないから、人手は欲しいでしょうし」
フェネはファイナの手伝いと、バイスから獣戦士としての鍛錬を受けるようだ。
「ワシも神学所で、新たな魔法などを習ってくる」
なるほど、神術士の学校のようなところか。もしかすると教会の方が近いのか。
「一週間ほどは帰れぬやも知れぬから」
「そ、そうなのか」
少し寂しいな。
「では私もそれくらいを目途に戻ります」
フェネも住み込みで過ごすつもりらしい。
「だからといって、奴隷商に通ったりしたら駄目ですからね!」
先に釘を刺されてしまう。
「まあ、その修行の成果を楽しみにしておるがよい」
何故か頬を染めつつ告げるセラド。修行って、神術だよね?
「俺は道場探しからか」
三人はそれぞれに己の鍛錬を積むことになった。
俺は兵の詰め所に顔を出す。冒険者を取り仕切っているここなら、剣道場の斡旋などもやってそうだ。
「あ、マモルさん。いらっしゃい。今日は一人なんですか?」
「ああ、ちょっとな。ここで剣道場の紹介とかやってるか?」
「道場ですね。どのクラスがいいですか、マモルさんの腕なら上級とか……あ、道場破りですか!?」
こいつの中で俺はどんなイメージなんだ。妙に実力者の様に思われている節がある。
「いや、今まで我流できたから、一度基礎から学ぼうかと思ってな」
「な、なるほど、その謙虚な姿勢が強さに繋がるんですね」
同い年か少し上くらいの兵士に、憧れの眼差しを向けられるのはくすぐったい。
俺の力は魔剣に頼ったもので、実力としては三流なのだと言いたい気もするが、そうするとまた謙虚と取られるのだろう。
何はともあれ、兵士から道場の一つを紹介してもらえた。紹介状らしきものも準備してくれたので、後は見せるだけでいいらしい。
剣道場は、三等区と四等区の境くらいにあり、それなりの大きな建物だった。塀に囲まれていて、中からはかけ声が響いている。
門構えも立派で、衛兵が二人立っていた。その一人に紹介状を見せると、中へと案内される。
待っていたのは、いかにも歴戦といった感じの戦士で、四十ほどか。刀傷などがあちこちに残っている。
「うぬがマモルとやらだな。紹介状によると、なかなかの剣士だそうだな」
「いえ、俺の力は魔剣によるところが大きいので、基礎から教わりたいと思っています」
「ふむ、殊勝な心がけだが、ステイシアはどんなものだ?」
そういえばしばらく見ていないのを思い出した。
「ステイシア」
右手の辺りに俺の状態が映し出される。剣士がいつの間にかLv10になっていた。ラミアや狐人との戦闘の結果か。
「剣士がLv10で、スキルはないです」
「何? スキルなしでLv10だと!?」
何やら驚かれてしまった。
「剣術も型も技も何もないというのか?」
「は、はい……」
「なかなか教えがいがありそうだ。儂はガラハド、すぐにでも指導を開始してやろう」
「はい、お願いいたします」
塀の内側は、運動場になっていて、いくつかのグループに分かれて鍛錬を行っていた。そのうちの一つへと連れて行かれる。
男二人、女一人のグループで、ストレッチを行っていた。ガラハドが近づくと直立し、姿勢を正す。軍隊式なのかと、少し緊張する。
「今日から一緒に鍛錬するマモルだ。まずは実力をみるから、ジョンから相手しろ」
「はい!」
ジョンと呼ばれた男は、俺より少し下だろうか、十五くらいで線は細い。近くの筒に入れられていた木刀を抜いて、一本を渡してきた。
「あの、防具とかは?」
「多少の怪我は、魔法で治す。気兼ねなく打ち合え」
ガラハドの豪快な台詞に、肝が冷える。かなりのスパルタ式のようだ。
俺の武道の経験は、中学時代に授業で受けた剣道くらい。木刀を構える程度はできるが、ほとんど我流である。魔剣の力無しでは、まともに戦えるものではないだろう。
対するジョンは右手に木刀、左手に木の盾。いきなり装備に差がついていた。
俺は両手で木刀を構え、正眼の構え。ジョンは盾を前に半身に引いた構えで始まる。
ジョンはこちらの動きを見るつもりのようなので、俺が打ち込む事になった。まずは盾に向かって、上からの打ち込み。反撃に備えて、軽めに打ったつもりだが、ジョンは大きくよろめいて尻餅をついていた。
「それまで! 地力の差が出たな。次、マックス」
「はい!」
上背のある男は、両手にそれぞれ木刀を持って、俺の前に立った。左を前に構え、小さくリズムを取っている。リーチは長そうで、厄介だ。
ガラハドの合図で、一気に打ち掛かってきた。左で軽く早い打ち込み、俺の手を狙っている。それを木刀で右に弾くと、マックスの右手が大きく弧を描いて横なぎに打ち込んでくる。俺の方からも一歩踏み込み、マックスのリーチの内側に入ると引き戻した木刀で、マックスの胸を捉えた。
「それまで! 判断力も良いようだな」
ガラハドの声を待たず、最後の一人が立つ。同い年くらいの女の子だ。茶髪のショートで、ややくせっ毛なのか、毛先は巻いている。意志の強そうな琥珀の瞳には、力がありこちらを見据えている。
「よし、レイラ。構え!」
俺はそのまま正眼に、彼女は右手に木刀を持ち右足を引いた半身で構えた。
「はじめ!」
ガラハドの声にも、彼女は動きを見せない。ならばとこちらから小さな打ち込みで胴を狙う。すると彼女の右手が動き、俺の切っ先を強く叩いた。右に重心が流されると、彼女の右手が閃き俺の左肩を狙って突き出される。
思わず俺は左手の手首でその木刀を打ち払い、彼女の体へぶつかり、組み伏していた。
「それまで!」
ガラハドの声に俺は立ち上がり、レイラに手を出すが、キッと睨まれて彼女は自分で立ち上がった。
「真剣であれば、手首は落ちていた」
「どうかな、手甲を断ち切る威力はなかっただろう。お前の動作は突きで、それを下から弾かれたら威力はない。反面、マモルはいかようにもできる体勢をとった。勝敗と言うならマモルの勝ちだな」
ガラハドの説明に、レイラは悔しそうに俯いた。本人も分かっていたのだろう。
「ただマモルも剣術を習うなら、まずは剣で勝負せねばな。実戦では今ので正解だが、ここは剣道場だからな」
「はい」
「では、基礎の型と素振りからだ!」
午前中は構えと素振りを中心とした体力作り。午後からは、ガラハドを相手に模擬戦。ガラハドの剣術は凄まじく、どう打ち込んでも鋭い一撃で返され、全身に痣を刻まれた。
夕食後は自由時間となり、ジョンやマックスと話すこととなった。二人とも貴族の息子で、将来は兵士から騎士になる予定だそうだ。そして俺の冒険者としての話を聞きたがった。といって、話せる事も少ないのだが、盗賊を討伐した話や、狐人と戦った話を楽しそうに聞いていた。
一方のレイラは食後もすぐに出て行ってしまい、話を聞く間もなかった。
「レイラさんは、騎士の娘でずっと剣術の修行をしてきたんですが、最近になって弟ができて」
「跡取りは弟になりそうで、かといって今更花嫁修業もできないと。今は強くなって親を見返す事で一杯なんですよ」
ジョンとマックスが教えてくれた。彼らとしては、普段から練習相手として、やり込まれているので辛い立場だったらしい。
「マモルさんは、凄いですよ。剣術ではないとはいえ、レイラさんを倒せるんですから」
「いや、反則負けだろ、あれは」
「いやぁ、僕達もうっかりタッチを狙って、結構色々仕掛けるんですか、触れることすら叶わなかったんで」
防具をつけない打ち合い。確かに男としては、隙を見てあの膨らみを揉みたいと思うところだな。レイラは勝ち気で怖い雰囲気を持つが、なかなかの美人。鍛えられた体はしまっているが、女性的な曲線も備えている。
下心であのレイラと対したら、鋭い一撃でのされるだけだろうな。
「もう少し真面目にやらないと、今のままじゃ、いつまで経っても触れられないままだぞ」
「は、はい」
二人はしゅんとうなだれた。
道場には寄宿舎もあったので、今日からはそちらに泊まることにした。宿に帰っても誰もいないしな。レイラも寄宿してるらしいが、女子寮は別にあるらしい。
俺はジョンやマックスと同じ部屋で雑魚寝生活だが、意外と楽しめていた。
剣道場二日目、午前中はやはり基礎鍛錬での体力作り。ストレッチからちゃんと行うのは、指導として確立されている証拠か。とはいえ、かなりハードな内容ではある。こちらの能力ギリギリを見極めて、課題を出しているようだ。ガラハドの観察眼は確かなのだろう。
昼からは、ガラハドに構えからの型で素振りを教わった。ガラハドの流儀は左前の半身から、様々な軌道での打ち込みの様だ。
「実戦において得物の間合いは、相手との駆け引きになる。マモルの構えは、対応力に優れるがその間合いが分かりやすいからな。左手に盾を持つ方がより乱戦向きになるがどうする?」
「盾は使ってなかったのでどうでしょうか……」
「レイラの一戦で咄嗟に左手を使えていたから、大丈夫だとも思うが先に剣術に集中するか」
「お願いします」
午後を丸々使って、しっくりくる構えを整えた。左前の半身で両手を体の前で木刀を持ち、刀身は寝かせて構える。右手で振り、左手でコントロール。下段から上段まで、変化に富んで打ち込める。
ステイシアを確認するとスキルに『ガラハド流剣術』『中位の構え』が備わっていた。




