フェネとの再会
「義兄……様」
意志を取り戻したフェネは、目に入った知人の姿に声を発した。
「フェネ、気づいたのか!」
俺が魔剣を取り出したときには、慌てた様子だったバイスも、フェネの変化に気づき喜んだ。
「私、あの……」
「今は深く考えなくてもいい。バイスさん、良ければファイナさんにも会わせてやってくれないか?」
「それは願っても無いことだが、それでいいのか?」
「今は混乱もあるだろうから、良く知った人と過ごすのがいいと思います。こいつらは俺が処分しておくんで」
すっかり大人しくなっている狐人を指さす。
「わかった、君がそういうなら、そうしよう」
フェネはやはり戸惑いが深そうで、バイスの指示に従って大人しくついて行った。
「良かったのか?」
「何が?」
「今なら簡単に落とせたのではないかの?」
「そんな弱みにつけ込むような、こすい真似はしたくないんだよ」
「本当、変にこだわりのある男じゃな。彼女としては、一日経つ方が辛いかもしれぬのだぞ?」
「そ、そうなの?」
「さ、さて、ワシも経験は無いゆえ……」
当てにならない相棒である。
「とにかくこいつらを詰め所に連れて行くか」
一応、手錠代わりのロープをかけて、三人を連れて詰め所へと向かった。
「あれ、マモルさん。どうしたんですか?」
顔見知りの兵士が声をかけてきた。そういえば、こいつら罪状は何になるんだ?
「犯罪者を捕まえて来たんだが……」
「盗賊じゃないですよね、何をしたんですか?」
そういえば奴隷商には、口止めをされてたな。さて、何といったら良いのか。
「郊外にある屋敷を、無断で使用しておったようじゃ」
「ふむ?」
「入口の鍵が壊されておったので、中を確認したらこやつらがおってな。何か身を隠す訳があったのではないかの?」
「ふむう、それで犯罪者とは断定できませんが、その別荘の場所を教えてもらえますか?」
三人は一応拘置所に置いて、兵士と共に現場へ。地図で確認とかそうしたシステムは無いみたいだ。
「なるほど、壊されてますね。ここは確か領主様の親族の持ち物だったと思います。中も確認しますね」
兵士は部屋を一つ一つ確認していく。ネフェルが寝ていた部屋と、地下の貯蔵庫の形跡は慎重に調べていた。
「誰か連れ込んで、乱暴を働いていた形跡がありますね。被害者がはっきりすれば、犯罪者として処理できるんですが……まあ、不法侵入だけでも罪には問えるでしょう。あとは持ち主の方と相談して、無くなった物がないかとか確認してもらいます」
さすがに即日で判断することはできないか。まあ、反抗心も食らっているので、罪を問えばすぐに白状するだろう。ただそうすると、フェネの事も話してしまうのか。先に奴隷商に話をつけるんだった。
「数日後に結果が出ると思うので、その時に詰め所へ来て下さい」
「ああ、頼む」
兵士と別れてすぐに奴隷商を訪れた。例の女性担当に、ネフェルとその息子を捕らえて詰め所に渡したことと、フェネを保護したことを伝えた。
「なるほど、ネフェル氏に関してはこちらから確認を入れます。フェネに関しては、ネフェル氏に引き渡した時点で奴隷ではなくなっているので、こちらからどうこうする事はないです」
事務的な連絡としては以上となる。ただ担当者としては、色々と抱える気持ちがあるようだった。
「申し訳ありません、マモル様。この度は私共の落ち度で多大な迷惑をお掛けしてしまいました」
本当に申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「マモル様の要望には極力応えたいと常々考えています。何か望みになることはないですか?」
願望を言えば色々と出てくるだろうが、今はフェネが大事だ。
「今はフェネの事で頭が一杯だからな、何か他の事を考える余裕はない。ただ一つ言えるのは、フェネと会わせてくれた事にすごく感謝はしている。変に畏まったりはしないでくれ」
「は、はい、ありがとうございます」
担当女性は何度も頭を下げていた。
「ソナタは欲深いのか、情け深いのかよくわからんな」
というのがセラドの評価だった。
宿に戻ってもフェネは大丈夫だったかと、そちらの事ばかり気になって仕方なかった。
「大丈夫じゃろ。ソナタの存在が支えになるはずしゃ。明日には会うじゃろうし、精々王子様として立派に対応すればよい」
少し拗ねたようなセラド。
「そういえば、詰め所での機転、助かったよ。悪い奴と決めつけてたから、何も考えずに詰め所に連れて行ってしまった」
「本当なら奴隷商に連れて行くのが正解だったのじゃろうがな。その時点で気づけなかったのが悔やまれる」
「いい相棒を持てて幸せだよ」
「じ、じゃから、そういうことを……ソナタは酷い奴じゃ……」
セラドは赤面しながらも渋い顔をする。なかなかに器用な奴だ。
「一つ、一つだけ、我が侭を言うとするなら、今日も一緒に寝てくれるかの?」
「ふぇ!?」
思わぬ提案に変な声が出た。
「どうせ明日からはベッドに近づけんじゃろうしな。今日だけで良い。あと、手は出してはならんからな!」
「あ、ああ、それは分かってるが……」
よくはわからないな。確かに今朝は幸せな時間だったと思う。大事な存在を近くに感じれることは、それだけで幸せなものだ。
「俺はフェネも大事だが、セラドも大事だからな」
「はぁ、本気でそう言ってしまうあたりが、酷い奴なんじゃが……それがマモルか」
そんなわけでその日もセラドと添い寝することになった。朝よりも更に密着してきて、少し焦った。小さいけど当てられると分かる、柔らかな膨らみ。無防備に押しつけられて、かなり辛かった。フェネが待ってる一心で、セラドに手を出さずに済ませる事ができた。
余り眠れずに過ごした明け方に、セラドは呟く。
「マモルは女心を勉強するのじゃ……」
そう言い残して、ベッドから出て行った。昨日は感じれた幸せが、今日は程遠いような気がした。
「女心ってなんだよ……」
男に理解できるものなのか。
どうやってフェネに会いに行こうかと考えていたら、すっかり身支度を整えたセラドに言われた。
「ソナタは待っておれば良いじゃろ。ワシは一日外で過ごすゆえ、よろしくやるがよい!」
朝から機嫌の悪いままのセラドを見送った。手を出すなというから、紳士的に堪えたのに何が足りなかったというのか。
そんな悩みもすぐに消えてしまった。軽くノックされる音と共に、声が聞こえてきた。
「マモル様、いらっしゃいますか?」
俺の部屋に現れたフェネは、街娘のようなワンピース姿だった。淡い青を基調に、ところどころ白いリボンがあしらわれていて可愛らしい。思わず絶句して、眺めていると、フェネは不安そうになっていた。
「お、おかしいでしょうか?」
「いや、似合いすぎてて言葉もでなくて……」
「ふふ、お世辞でも嬉しいです」
花がほころぶような笑顔に、俺も嬉しくなってしまう。
「何もないけど、とりあえず入って」
「はい、失礼します」
改めて部屋の中を見ると、小綺麗に片づけられていた。もしかするとセラドがやってくれていたのか……いい相棒過ぎる。
「今回のこと、本当にありがとうございました」
「いや、俺は自分の欲……いや、やりたいままにしただけで」
欲望と言い掛けて言い直したが、あまりかわってなかった。
「私、あの変な、自分じゃない状態の時も、記憶はあるんです。だから、マモル様が私を見たときの表情は覚えてますよ」
少しクスリと笑いながら言ってきた。よほど変な顔をしてたんだろう。
「素直な人なんだろうなって思いました。私はあの時、自分じゃなかったので、特に印象的だったんです」
「自分じゃない……?」
魔剣の言ってた感情の拘束の事だろう。
「私、結構我が侭に育ってて、やりたいことをしないと気が済まない質だったんです。それがあんな自由のない状態に追い込まれて、本当にいつ壊れるのかって思ってました」
「少しその辺の事、教えてもらっても?」
「はい」
といって彼女自身、事の起こりが何だったのかは覚えて無かった。あの森で保護された時には、自分の意志が抑えられ、記憶も定かではない状態。奴隷になると分かって本当は嫌なはずなのに、全く否定することもなく受け入れてしまう。心と体が乖離した不自然な状態だったらしい。
それをあのネフェルに引き取られ、さらに自由を奪われてしまって壊れる寸前だったようだ。
「あの時、マモル様が来なければ、私はもうどうなっていたか分かりません」
「そ、そうだったのか」
「私はその、マモル様がお求めになった娘とは、別人なんです。あの時の私は、私じゃなかったですし、体もその、汚れましたし……」
それを口にするのにどれだけの勇気が必要だったのだろう。かつて臆病だった俺には、それだけで眩しい存在だった。
俺は思わず彼女の体を抱き寄せていた。
「君はもう奴隷じゃないし、我慢する必要はない。嫌なら拒絶する権利もあるし、無理強いはしたくない。でも、俺は君が欲しいんだ」
「マモル様……」
「もう奴隷じゃないし、一人の男として俺を見てくれるなら、マモルと呼んでくれ」
「わかった、マモル……私をもらって下さい」
彼女を大事にしたい気持ちと、抑えつけてきた欲望と。徐々に固さの取れてきた俺と彼女と。持っている知識全てで、何とか彼女を楽しませてあげたい欲求。瞬く間に時間が過ぎていた。
「ソナタ等、もう少し加減を覚えよ!」
夕食を手に戻ってきたセラドは、顔を赤くして怒鳴った。
「いや、色々溜まってたからつい……」
「マモル……凄いから……」
「とにかく服を着るのじゃ、飯にするぞ!」
俺とフェネは互いを見やって、いそいそと服を着始めた。
「この世界には、風呂はないのか?」
疲れがあったのだろう、思わず口に出していた。
「この世界……? 風呂は高級品で、領主クラスでないと持ってないとは思うが」
「そうですね。私が旅した中でも、風呂は珍しいものでした」
「次の目標は風呂かな。流石に汗をかきすぎると、拭くだけじゃ足りない」
「マモルは風呂に入ったことがあるんですか?」
「ああ、昔は普通に入れてたから」
「ふむ、前から不思議な知識は持ってそうじゃったが、ソナタはこの世界の人間ではないのじゃな」
「!?」
自分で言った事に気づいてなかった俺は、セラドの言葉に絶句した。
「たまにおるようじゃな、他の世界からの異邦人が。やはり不慣れな部分があって、行動は目立ち、文献に残る事が多いようじゃ。ソナタも中々派手に立ち回っておるしの」
「そ、そうなのか?」
「奴隷の為に必死になるとか、魔物を許すとか普通ではないのじゃ」
セラドの評にはどこか棘を感じる。
「そんなに目立ってたのか……」
「まあ、まだ文献に残るレベルではないじゃろうがな。ソナタの欲望のままに進めば、いずれは大事を犯しそうじゃ」
「マモル、そんな凄い人だったんですね」
「ちなみに、その文献に残る人の末路は?」
「地方の王になったものから、大罪人として裁かれた者まで様々じゃが、平穏には終わっておらぬな。じゃからこそ、名前が残ってるんじゃろうが」
「俺は、どうしたらいいんだ?」
『主が望むままに、それがこの世界に来た意味だからな』
魔剣はいつでも俺にそんな囁きをする。だとしたら俺の望みはなにか。
「死ぬほどモテたい……とか」
「のう、フェネよ。こやつについて行くには、覚悟が必要じゃよ」
「ふふ、そこを含めてマモルですもの、わかってますセラドさん」
流石に満足していた俺は、夕食の後はぐっすりと眠っていた。起きたときに両手に花状態で少し混乱しかけたが、それは俺が望んだ事だと二人を抱き寄せていた。




