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息を鎮めていると、やがて目の前を、ワープに気づかず横切る裸身があったのだった。
美しい少女であった。そして目に入ったその瞬間に、彼はその娘の名を口からこぼしていたのである。
「島、リューシィ……」
「きゃっ……」
違った。リューシィではなかった。なぜそんな、ひどく懐かしい名が口を突いて出たものか? そもそもなぜ見間違えたのか? 我ながら不思議に感ずるワープなのであった。
少女は頬を染め、両手で前を隠し、美しい背中を見せる。一度こちらに流し目すると、
「ご無礼を……」と一言。まるで水晶のような、そんな声だった。
あとはいやにゆっくりと、見せつけるかのように腰を振り、さざ波を立て、奥へと、広大な湯船の遠方へと歩き去ってゆく。
湯気のカーテンの向こうへと……消えていく……。
男の口から、その女の、今こそ正しい名前が呟かれた。
「島……島原、タユー……」と――!
島原タユー。
まるで人形のように、現実離れした綺麗な女、だった。
おでこでM字にしたサラサラな銀髪は肩にまで届き――
ほつれた細い毛が長い睫にかかっている。
瞬くその瞳は、まるで宇宙のような“赤紫色”。
柔らかな鼻梁、細い顎。へそから下の、そのライン。
豊かな腰回りから見せつけるかのようにすらりと伸びた足。
腕は細く、手も細く、肌の色は、信じられない感度を伴った、ベィビーホワイト……!
「……!」
なぜ俺は、その名と、その人物を知っているのか?!
「ふん……」
そんなことは今、どうでもよかった。
今、は――
両手を見る。筋肉を見る――
英雄――“黒髪のプリンス”!
騏驎も老いては駑馬に劣る。
唇に浮かんだは不敵な微笑みであった。
「この俺を、挑発したか小娘……!」
我が力、みせてやらん……!
湯の音をたてて立ち上がり、前進し始めるワープ――
やがて、その姿も、白き闇の帳の中に――消えていくのであった。
(終わり)




