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全天に広がる星空であった。
その微かなる美のきらめきを守るように、地にあるのは数えるほどの、控えめな明かりのみであった。
必要最低限。そう――
ここは、湯気の立ちこもる、露天の湯船――
天然温泉。その名も知る人ぞ知る、天下の名湯であった。
時折かすかに吹く風が、白き湯煙を払う。贅沢なまでに広がる岩盤の、その湯泉の広大さの一片を垣間見せていた。
「むふうぅぅぅ……」
岩壁にもたれた男が、湯の心地よさに思わず唸る。そして――
ハッ――と。
自分の存在していることに、ようやく。
いま、自分がここにいることの不思議さに――気づくのであった。
俺は、ここにある。
嗚呼――!
俺は、誰なのだと――!?
湯から手を出し、その手を見る。腕を見る。
節くれ立っていた。盛り上がり、硬く締まっていた。胸筋も厚い。筋骨隆々――
そう――
思い出す。
俺は、ワープだと。九尾ワープなのだと――!
あるいは、若き頃は“黒髪のプリンス”とも呼ばれた存在なのだと!
ふっ……と笑む。
頭の黒髪――
いま、数筋の白き物が混じっているはずであった。
この歳まで、戦いの連続であったのだ。
刀傷、傷跡だらけの我が筋肉を愛おしげに見つめ――
その半生を思い起こそうとして……。
まったく記憶が空白なことに、少年期からこちら、記憶が蘇らないことに、あらためて驚かせられたのであった。
嗚呼――!
俺は、誰なのだと――
その時だった。
湯面の砕ける音がした――




