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スタートしていきなり、それも平然とゾーンアウトする二人に呆れ顔になったのもつかの間――
その顔が凍り付いた。
ワープ君が――
あの、ほやんとしたワープ君が――
とことことスクーターの前に立ち、観客の視線を一身に浴びるかのような振る舞いで、
「リューの電気バイク、これじゃ小さすぎるね……」と――
ワープ君が――
きゅんっ。
目の前で250クラスのビクスクにモノを変えてしまったのだ!?!
目を何度も瞬く。いったい何が起こったのか? 魔法? 魔法?
理解できないリューシィで――
ともかく目の前にあるピカピカの250クラス・ビクスク。
「これ、これ――???」
「リューシィのです……」
「――」
言葉を失う。
そして――
そして――
そして――今更のように、周囲を見回すのだった。ようやく気づく。太陽がやたら眩しいことに! 空気が異様に暑いことに! 真っ白な雲が宇宙にまで届いているかのような、高い大気。暑い空気、熱い風! その湿度もうもうたる空気の底には、まるで轟々と吹き上がらんばかりに踊り立つ、厚き緑の重なりがあったのだった。巨大な常緑広葉樹、つる植物群、着生植物に、うっそうたるシダ類だ。名も知らぬ緑の重なり、かろうじてヤシの木に見覚えがある程度で、風にガサガサと音立てる、当たれば痛みを感じるだろう厚く硬い枝葉、化け物じみた緑の氾濫ぶりはまさに見る者を圧倒。さらにはそこに、ピイピイピイ……、きゅきゅきゅ……、シャアアアアアッ、ケケェエウッ……、きゃうぎゃうぎゃう、バサバサバサササ……、などと言った音響が重なるのだから堪らない。
「あっ、あっ、あ――」
腰が砕けそうになり、ふらつきながらも、まるで目で引っ掴むように、体を支えている。キョロキョロとあっちを見たり、こちらを見たり――!
――!
「きみのときよっか、盛大に驚いてくれて、なんか嬉しい……」
のんびりと新鮮な感動を表明するワープだ。
ドールも返す。
「同じく。キミだって、タイムトラベルにもっと感激してくれてもよかったんだぞ」
「お互い、“異現世”に、慣れてるからねぇ……」
「このあとが楽しみだ。ウフフ」
余裕の親心で見守りながら、そんな会話を交わすのだった。
――!
リュー、ようやく説明を受け入れる心の余裕ができたようで、ワープは辺りを見回してから切り出した。
「並行世界です。
ここは、無限の可能性の中の一つ。隠岐島の別の姿なのです……」
ゆるゆると話し始める。
「……」
「この世界にまず、ぼくら三人とスクーターを、移動させました。WTという能力によってです……」
「……」
「スクーターはこの世界での移動に必要でしたから。ただ、三人乗りには小さすぎましたので、大型機とMTしたというわけです。MTは、ぼくのもう一つの能力なのです……」
「……」
「“ここ”とも違う、また別の一つの世界の、リューシィとです。心配しなくても、今日一日、それも数時間だけのことです。終わったら元に戻すと約束します……」
「……」
「そう、“そこ”にも、そして“ここ”にも、リューシィがいるんです。そしてその横に、“そこ、ここ”の“ぼく”がいて、それぞれのリューシィと交渉をしている……とイメージしてください」
「……」
「“そこ、ここ”は無限にあるから、必ず、ぼくはトレードを実現できるというわけです……」
「……」
「リュー、大丈夫……?」
「オーケー……!」
そして――!
さすがは島一族の一人。現実を受け入れてからは早かったのである!
精神的復活を遂げるやいなや、理屈を繰り出してくる。
甘い点は見逃さない――
「うん――そのイメージだと返って理解に抵抗があるわ。
無限個のケースがあるから成功するケースも少なからずあるのは分かる。
とはいえ現実的に、僕くんがお姉さんに直談判するのは大変な面倒事じゃない。どうそこのわたしを説得するの? その場合、少なからずの時間がかかるだろうけど、そのときの世界間のタイムラグはどうするの? そしてそのあとどうやるの。
いいから、できるだけでいいから正確に解説してごらんなさい」
「ぐうう……!」
すがるようにドールを見て、冷たくも噴き出されてしまう。
「じゃあ、こーゆー説明ではどうでしょう?
ぼくが多数のぼくと意識を共用してるのと同様に、今、リューシィもまた、ぼくを媒介にして、自覚なしに多数のリューシィと重なってて、意識を共用してるんです。だから、リューがいま、“うん”、と思ったのなら、その瞬間、トレードは成立するんです……。
そして実際の物品の交換作業ですが、これはもう、ぼくにも、何か超越的な力が、作用してるのだろうとしか……。これでどうでしょう」
リューシィ、これでも納得してくれない。(笑)
「仮の真相ののちの真相、を狙ってんでしょうけど? かなりよくできた話だったけど、それもまた、違ってるんでしょ?」
ここまで来たらワープ、苦笑いだった。
正直にゲロする。
「本当のところ、ぼくは、ただ一人だけの、“絶対君主”です。ぼくの力の行使を、別世界のぼく含む、だれも拒むことはできないんです……。
イメージ悪くなるから言いたくなかった。
ですが、能力の行使は、節度を守って行うことを心掛けていますし、ことにリューシィ関連は、先の通りのやり方でやることを約束します。こんなところで、どうでしょう……」
やがて、息をつくリューシィだった。
ニコッ、と微笑む。
「――まぁ、よしとしますか!」
安堵の息つくワープ、音なしにぺちぺちと拍手するドールだった。
「ああ――」
リューシィが感極まって声に出す。
「――わたしが本当に、この世界にいるのね?!」
「そうです。そして他の、たくさんの世界にも、です……」
ヤボかと思いつつも返答するワープだ。
リューシィは笑顔だった。
「君、なまいき!」
これは余裕だった。思わせぶりに、返す。
「ぼくよりももっとナマイキな奴が、この後の出番を待ち構えていますから」
「アハハハハ!」




