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まるでお人形さんのように綺麗な子だった。おでこでM字にしたサラサラな銀髪は肩にまで届き、ほつれた細い毛が長い睫にかかっている。瞬くその瞳は、あたかも宇宙のような青紫色だった。柔らかな鼻梁、細い顎。へそを見せた白麻の半袖開襟シャツ。ローライズのデニムのショートパンツ。見せつけるかのようにすらりと伸びた足の先に黄色のサンダルつっかけて。腕は細く、手も細く、肌の色は、元は白かったのだろう、うっすらと、夏の匂いの小麦色。
ここは島根県、七類港。フェリーバースに横付けされたジェットフォイルの船内である。
現在、15:30。
シーズンまっ盛り。座席数のほぼ九分の入り、という盛況具合であったが、皆その近寄りがたいオーラに気圧されたか、その子の座席列および前後列に、あえて座ろうという観光客はいなかった。いや、いた――
ピュンッ。
その子の座席列に座ろうという観光客はいなかった。
そんな中、一人の黒髪の少年が、じつに無頓着に横に座ったのだ。
“ぼやっ”、とした雰囲気、顔つきの、男の子である。その庶民くささ、気安さに釣られたか、人が動き、前後の席も船客で埋まりだす。
銀髪の子がちらりと視線を向けて、一瞬笑みを見せた。
「一応礼を言う」
キンッ、とした気高い意思を感じさせる声音だった。対して黒髪の子は、
「うん……」とボンヤリ応えるのみ。思い出したように、小声で「……ならよかった」とも。
「けどいいのかい?」からかうような銀髪の声。「ここは右舷だぜ?」
「?」と、本当に首をかしげる黒髪だ。銀髪は少し見下すように、親切ぶりに教えた。
「隠岐諸島の眺めは、左舷席からじゃないと楽しめない。こっち側は、ただの海原が広がってるだけさ」
「あ、そうか……そうだね」黒髪の子は少し、残念そうな、未練げな表情になって――
きゅんっ。
黒髪の子は、最初から左舷座席列の、一番窓際の席に座っていたのだった。その隣に座っている婦人が驚いた顔になり、すぐに、「あら、そう言えば、そうだったわよね……?」と自信のない納得顔になる。
「……フン。意気地なし」
銀髪の子が小莫迦にしたような笑みを浮かべ――
船内背後の壁の向こうから、エンジン音が甲高く響きはじめて――
JFL・レインボー号出港!
一路、隠岐諸島・島後の島、隠岐の島町西郷港へ向け、文字通り波蹴立てて走り始めたのだった。