何気に暗い世界事情 〜しかしまだ冒険は始まらない〜
ふと目を開けてみる。
そこにはいつもと変わらない空があり、地面があり、草木がある。
何の変哲もなく 雲は空を覆い、地面は俺たちの歩みを押し返してくる。
揺れるタンポポだけが、静寂に包まれるこの世界がかろうじて活動を続けているのを感じさせる。
いつだってそう
願っていたはずの非日常が訪れても、人々は日常へ帰ろうとする
いつだってそう
人類は、また繰り返す、、、、
「あーー、うまいっ!」
半分裏返ったようななんとも耳に障る声が 大声で発せられる。
普通なら生活指導の怖い先生や、町のお巡りさんにでも注意されてもおかしくないレベルに 聞き苦しい叫びだ。
しかし、声の主である小柄で黒い髪をボッサボサに生やしてる少年は、そんなことは全く心配していないような様子で、再び手に持っていたグラスを口へと運ぶ。
オレンジジュースであろうか、グラスには何やら濃い黄色の液体が注がれている。
「もう、うっさいわねー、ジュース飲んでなにいい気になってんのよ!」
そう言い放つ青い髪の少女の声もなかなかのボリュームだ。
「そういうお前が飲んでるその 透明だけどみかんの風味がする液体も 清涼飲料水、つまりジュースなんだけどな」
そうチャカすように言い放つ 全身を真っ白の鎧で固めている赤髪の男は、どこか急いだ様子で白飯を口に突っ込む。
「これは水だから、ギリギリ水だから。学校に持ってっても怒られなかったから!」
背後からの核心をつく言葉に 顔を赤らめながら食いつく この少女は、赤髪の男とはうって変わって上下ともジャージを身につけている。
肩のあたりに名前が刺繍されていることから察するに、学校指定のジャージであろう。
春とはいえまだ4月上旬
日本の北の方に位置するこの地域は、時間帯によってはまだまだ寒さが厳しい。
時刻は既に午後7時をまわり、彼らが食事をしている小学校の校庭は暗闇に包まれるとともに寒さがやって来る時間帯だ。
彼らと同じように、 校庭の西端に並べられた無数の長机の上で食事をしている人たちも、ほとんどが厚着をしている。
例のごとく その集団はどこぞの三人組と同じように、お互いを労わりあったり 大声で騒いだり 奇声を発したりしており、そこら一帯は周りよりも格段に明るいように見えた。
実際、この狭い校庭を照らすのは 学校の文化祭の照明に使われるような 小さな照明である。
不思議なことに電源に繋がれていないこの照明は、狭いとはいえど 校庭全てを照らせるはずなどなく、かろうじて人が集まっている西端だけを弱々しく照らしている。
しかし、やはり校庭の西端はとても輝いているように見える。
理屈がどうこうという問題ではない。
気持ちの問題だ。
それほどに 食事もとい宴会をしている彼らは
楽しそうだった
明るかった
生きる希望に満ちていた
この小学校はここら一帯の中で戦うことを決意した人たちが集まる、詰所のようなところである。
現在は交代で見回りを行い暴動の鎮圧などを主に行っている。
デスゲームが始まった7月頃、訳も分からずあちこちで暴動が起こっていたときにそれを止めるべく立ち上がった人たちが、現在でも治安維持を行っているのだ。
田舎であるはずのこの地域においても 星の輝きを打ち消す彼らの精神的明るさは、それとは裏腹に上空にある 金属の塊を強烈に照りつける。
夜であるのに鮮明に夜空に映し出されるその文字は、現在彼らが陥っている非日常的な境遇を 、はるか昔から変わらない不変の事実であるかのようにこの世界に突きつける。
デスゲーム開始から
258日 16時間23分経過
見た目こそ明るく振舞っている彼らにも思うところがあり、それでも日常にすがろうとしている結果があの底抜けの明るさなのだ。
もっとも、傍目にみれば愉快なあの場も、内情を知る彼らからすれば お互いの不安定な感情が手に取るようにわかり、さぞ 不気味であろう。
初めこそ自らの良心に従い他人のために戦っていた彼らも、やはり所詮は元一般人。
治安維持という言い分のもと、殺しまではしないまでも暴力で人々を押さえつけているという意識はゆっくりと彼らの精神を蝕んでいた。
そんな状況においても子供というのは何とも無邪気であった。
詰所というだけあって小さい子供は居らず、一番下でも高校生だ。
しかし、高校生であったとしても日常生活において親の庇護下にあることには変わりはなく まだまだ彼らは子供である。
今この場に日常生活の話を持ち込むのはおかしいのかもしれないが、事実彼らの明るさは偽りなどではなく本物の 子供特有の無邪気さであった。
「そもそもさー、リョウタあんたさ、よくもまあ毎日毎日夕方まで寝てるわよね。人生損してるわよね、何で起きないの、ねぇどうして!」
「どうしてカナはいっつもそんなに威圧的なの?怖いんだけど。ねぇ、リョッピー、怖いよねー」
「何で話しそらすの?何で答えられないの?てかリョッピーって何よ?マジでキモいんだけど!死ぬの?」
長机に向かい合うように座っていた二人であったが、カナはその綺麗な青い髪をブルブル震わせながら リョウタの胸ぐらをキツく掴んでいる。
死ぬのって言われてもなー何となく今死にそうな予感が、、、あぁなんかボーっとしてきた
向かい合う二人がそんなことをするからには当然、間にある料理や飲み物は 見事にテーブルの上にぶちまけられている。
足元にもかなりの量の食べ物が落ちているが、数秒後には淡く霧散する。
この世界の仕様だろうか。
程度はまだ解明されていないがどうやら世界中で現実世界の中に、よくあるゲームシステムが適用されてしまっているようだ。
その異変が起きたのは、上空に浮かぶあの文字が発見されたのと同じ日だから 十中八九関連があるとみて間違いないだろう。
テーブルの上の惨劇を見てさすがにやりすぎたと思ったのか、カナの手が緩む。
あーヤバイ、こいつまじヤバイ これ以上この会話が続くのはヤバイ
そう判断したリョウタは、
「あ、あら、カナさんたら16年も一緒にいてわからないとは ひょっとしてあなた馬鹿ですの?リョッピーと言ったらあなたの後ろにいる あの大柄のツンツン赤髪の好青年に決まってるではありませんの」
と、おどけて言ってみた。
決して目を合わせてはいけないと心の中で自分自身に言い聞かせる。
「どうして男が男の事をそんなキモい呼び方すんのって言ってんの!まさか、ホモ?ホモなのね!って、あぁもう また話が逸れる」
カナは諦めたようにリョウタの胸ぐらから手を離し、後ろに下がる勢いのままイスに座る。
いやーちょろい、短気なカナたんはかなりちょろい。
ひょっとしたら話術だけで落とせるかも
などと浮わついた思考にふけっていたリョウタであったが、正面からドスンという音が聞こえ ボサボサの髪の奥から、そらしていた視線をカナの方に向ける。
長机同様、イスも横に長いタイプのものであるため背もたれはないのだが、なぜかカナの背中は勢いよく何かにぶつかった。
勢いよく何かにぶつかり慌てふためくカナ見て吹き出しそうになるリョウタが、渾身の罵倒を口から放とうとするよりも一瞬早く カナの後ろから声が発せられる。
「ホモホモホモホモホモ(そもそも最初にリョッピーって言ったのカナだよな)」
そこに立っていたのはツンツン赤髪のリョウ またの名をリョッピーというものだった。ちなみにかなりの大男だ。
先程まで一つ奥のテーブルで他の鎧男たちと一緒に急いで食事をしていたリョウは、左手にどんぶり 右手に箸を持って、口の中に大量の白飯を入れながらカナの後ろに立っていた。
「あわあわあわ、ほ、ホモ?ま、まさか、え?あ、うん、なんか ごめんなさい」
リョウに背中をあずけ上を見上げるとリョウと目があった。
その口から発せられた言葉に 一瞬 驚愕の表情を浮かべたカナは、何かを自己解決したようで 勢いよく顔を下に向ける。
ホモに反応しすぎだからこいつ、と 脳が考えるよりも早くリョウタの我慢は限界を迎える。
ビカフューッ
身体が無意識にカナからの照れ隠し暴力を回避しようとし、声帯の震えが声になるのをギリギリ防ぐ。
おかげで 本来 人間の身体からは絶対鳴らないようなかすれた音が鳴り、鼻の奥の方が痛くなる。
やばっ、音出ちゃったけど、、、
カナの機嫌を確かめるべく 恐る恐る 視線を彼女の元に送る
首から耳の先まで真っ赤に染まった彼女の顔からは、驚きや怒りとはまた違ったような表情が読み取れる。
セーフとは思いつつも ふと疑問が浮かぶ。
なんか最近こいつよくこういう表情になるよなー
いつからだっけなー
リョウタは自分の記憶を遡ろうと意識を内に向けたが、途中で引き返す。
、、、、、、
まるで何かを思い出してしまうのを防ぐかのように頭をブンブンと振り、今度はリョウの方に視線を向ける。
リョウの方も何か思考中であったようだが、リョウタと目があうと少し微笑みかけてきた
嘲るのとも違った何とも含みのある微笑みであったが、あえてその真意には触れないような何気ない言葉を掛けてきた
「ホモって何だぁ?まぁ、いいけど」
リョウタにはリョウが言った”いいけど”が少しだけ冷たく聞こえた。
「最初にリョッピーって言ったのカナだったよな、たしか」
そう言ったリョウの口調はいつものガサツなリョウのものだった。
コロコロ変わるリョウの態度に少し戸惑う様子のリョウタは、たまらずリョウから視線を外しすぐ下のカナの方を見る。
「たしかにそうだよね。小さい頃、カナがリョウタとリョウだと紛らわしいとか言ってリョウの事リョッピーって言うようになったんだよな」
デスゲームが始まる前の平和な記憶だけはスラスラと蘇ってくるのはなぜだろうか
と、一瞬思うがそれ以上に
子供の無邪気は恐ろしいなー
と思い苦笑いするリョウタであったが、リョウはどうやら違うらしく
「俺だけにあだ名をつけたっていうことはつまりそういうことなのかな、、、」
と、よく分からないことをモゴモゴと呟いている。見た感じ嫌がっているようには見えない。
なぜかリョウまで顔を赤くし始めたところで 今まで身動き一つしなかったカナが急に立ち上がる。
刹那
その場にいた二人は悟った
「「まずい」」
この16年間の経験で手に入れた対青髪ポニーテール自動自己防衛システムが頭の中で働き、目の前の少女から発せられる本来 不可視的なものであるはずの感情オーラを読み取る
その立ち上がった少女から発せられるオーラの色はどす黒い赤、
その色を脳内のシステム取説と照合する。
間違いない、、、激おこだ!
カナの頭突きをくらったリョウの白飯はこのピリついた空気の中を飛散し、無惨にも地面へ落ちる
例のごとく数秒後には淡く霧散するであろう その白飯たちに注意を向けるものなど誰もおらず、ただただ青髪暴君の次なる行動に備える。
リョウタの背中から冷や汗が流れる
カナの強烈な赤黒いオーラを受け、この世界が現在はデスゲームの中にあることをヒシヒシと感じながらも、自分の命を守るべく 箸を両手で持ち顔の前に構える。
地面に落ちた食べ物を片付けようとしなかったり、幼馴染の挙動に生命の危機を感じる彼らは、案外この世界の影響を大きく受けているのかもしれない。
もっとも、対青髪ポニーテール自動自己防衛システムというのはデスゲームとは何の関係もない ただの経験からくる勘であるのだが、、、
机を一つ挟んでいるこの状況で俺に拳が飛んでくる可能性は皆無。
なぜならあの怒り狂ったポニーテールの後ろにいるリョウは頭突きを手にくらっているためガードが追いついていない。
いくらあいつが鎧をきているからと言って、食事中だから顔は無防備だ。
あいつの怒りからくる破壊衝動は確実にリョウの顔面に入るはずd ーーーガハァッ!!?
自らの安全を確信して緩んでいたガードの隙間からカナの拳が襲いかかり、その拳はリョウタの顔をえぐるように殴る。
「あべし!」
奇妙な声を上げ、リョウタは10センチほど宙に浮く。
その足が再び地面に着く頃にはリョウタの意識は完全に飛び、踏ん張ることができなくなった彼の体は地面へと沈んだ
ハア ハア ハア
その場にはカナの荒い息遣いだけが残された
対青髪ポニーテール自動自己防衛システムを発動しており、戦闘に必要ない情報はカットされているリョウには本当にその息遣いしか聞こえない
もはや動くこともできないリョウを尻目にカナはぼそりと何かを言う
「今日はもう帰る」
このうるさい宴会会場の中、本来は絶対聞こえないはずのボリュームであったが、リョウはその声をしっかりと耳で捉え 震える体で何度もうなづいた
カナが立ち去った後リョウはリョウタをどこかに運ぼうとしているようであったが、あいにく彼はこれから大事な用があるらしくそんなことをしている暇は無かった。
どうしたものかと困った様子でいたが、後ろから声を掛けられ振り向く
「やあ、リョッピーどうしたの?」
そこにいたのは薄い金髪の長髪を携えた背の高い男。
身長はリョウと同じくらい大きかったが、線が細いためどうもリョウより小さく見える。
よく整った顔立ちで髪の金と相まって高貴な雰囲気を醸し出している。
「あ、ソラいいところに。実はリョウタがまたあいつの餌食になっちまってさ、気を失っているんだ」
どうやら知り合いであるらしい二人はリョウタの元へと駆け寄り、その拳の跡が痛々しく残る顔を覗き込みながら会話を続ける。
「またカナちゃんか、もういい加減にしてほしいな。彼女の拳は戦闘登録もしていて保護システムが働かないっていうのに、、、」
呆れた顔でため息をつくソラ。しかしその顔も様になっている。
「ていうか君たちに原因があってんでしょ。懲りないねぇ君たちも」
リョウを軽蔑の眼差しで見るソラ。やはり様になっている。
「いや、今回はまじで理不尽だった。誰も悪くない。相手が制御不能の天災である以上、誰も悪くないんだ」
頭を抱え独り言のようにそう繰り返すリョウを、あいかわらずのように様になった憐れみの表情でいちべつした後、ぐったりとしたリョウタを抱え上げ肩をまわす。
「女性をそんな風にいうのは感心しないねぇ」
そう言うソラはリョウタを抱えたままゆっくり歩き出す
「とりあえずリョウタは僕が面倒見ておくから、リョッピーは行っていいよ。たしか鎧組はこれから周辺の見回りの当番だろ」
「ああ、悪いな。リョウタの寝床わかるよな。すぐそこだから頼むわ。じゃあ」
そう言って鎧をジャラジャラ鳴らしながらもう既に校門近くに集合している先輩集団の元へと走り去っていく。
よいしょっと
ソラは一度リョウタを抱え直しまた歩き始める。
「おいリョウタ。起きてんだろ。自分で歩けよ!」
ソラはリョウタの耳元で大声を出す。
「、、、起きてません」
そうボソッとつぶやくリョウタ声に生気感じられずとても弱々しい。
その声を聞いたソラはその弱々しさが先ほどのパンチによるものであるのか、それとは違ったものであるのか判断しかねる様子で再びリョウタに問う。
「今夜も行くのかい?」
もうすっかり照明の届かない暗闇の中に来ていた彼らはの周りには、その小さな問いかけを遮る騒音などなく、ボーッとしているリョウタの耳にもはっきりとその問いは届く。
静かな雰囲気が、言葉に宿る感情を必要以上にリョウタの中へとねじ込んでくる。
ソラの問いかけからは、リョウタを行かせたくないという思いが感じられた。
優しいんだな、とリョウタは思うが同時に”行くな”とは言ってくれないんだな、と少し意地の悪いことを思う。
自分はそんな言葉をかけてもらう資格などないというのに、、、
「俺が行かなかったら他に誰がやるんだよ」
本当は行きたくないということの裏返しの言葉。
この静寂の中
その言葉に宿る感情をソラも理解できたはずなのだが、ソラは何も言わない。
彼にもリョウタを止める資格などないのだ。
「すまないね」
ソラのその透き通った声が空っぽの闇に響く。
「まったくだ」
そう告げたリョウタの言葉は急に吹いた風によってかき消された。
この世界の細かい設定は次の話で説明が入ります!
この話では人々の現在の心情を書いてみました
ちなみにこのお話の主人公はリョウタです。
前回はカナとリョウのじゃれあいでしたが、これからは基本的にリョウタ目線でお話が進んでいきます。