Episode:32
「いいに決まってるでしょ」
おふくろさんは即答。親父さんの方も微笑してうなずく。
でもそれに、まだルーフェイアのヤツは食い下がった。
「だって……もう、会えないかも……」
重い言葉。
確かにそうだ。戦地を渡り歩く傭兵は、いつ死ぬか分からない。
――こいつの、兄貴みたいに。
だけどおふくろさんも親父さんも、そんなこと気にしてなかった。
「いいわよ。あたしたちがあなたが、幸せならいいんだから。
――行きたいんでしょ?」
長い沈黙。
そしてルーフェイアのヤツが、顔を上げた。
「……行きたい。あたし、行きたいの。
ダメかもしれない――でも、行ってみたい!」
こんな風にコイツが言うの、もしかしたら生まれて初めてじゃねぇのか?
なんとなく、そう思った。
おふくろさんが嬉しそうにうなずく。
「決まりね。すぐ入学の手続きしてあげるわ。
――ディアス、この子連れてちょっと、その辺散歩でもしてきてくれない?」
おふくろさんがウインクして、ルーフェイアを親父さんに押し付けた。
二人が外へ出て行く。
それを見送りながらおふくろさん、背中向けたまま今度は俺に話しかける。
「こんなこと初対面の、しかも子供のあなたに、言う事じゃないんだろうけど」
さすがにカチンとくる。
――どーせ俺はガキです。
と、ルーフェイアのおふくろさんが笑い出した。
「あらゴメンゴメン、悪気はないのよ。だってあなた、子供なんだもの」
「子供ですいませんね」
人の神経、わざと逆撫でしてんのか?
そんな俺に向かって、お腹抱えて笑いながら、おふくろさんが言った。
「ほら、そんなに怒らないの。
だいいちね、あたしあの子の親よ? だもの学校行ってる子なんて、みんなまとめてあたしの子供みたいなもんよ」
まぁ確かにそうなんだろうけど、なんか釈然としねーんですが。
もっともこの人、そんなのに構う人じゃないわけで。
と、おふくろさんが不意に哀しい表情になった。
「ねぇ、あの子のこと、守ってやってくれる?」
「――え?」
予想外すぎるセリフ。
おふくろさんの表情もあって、上手い言葉が出なくなる。
「……あいつ、俺より強いですよ?」
やっと言えたのはそれだった。
ウソ言ってるわけでもない。火事騒ぎの時だって、あいつひとりでどうにかしたようなもんだし。
ただ、ホントの意味はなんとなく分かった。
あいつはめっぽう強いけど――。
少しだけためらってから、俺は訊いてみた。
「どうして、俺なんです?」
おふくろさんが不思議な、でも寂しい笑いで答える。
「あなたが初めてなのよ、あの子と本気でケンカしたのは」
そして一瞬、遠い瞳をした。
また言葉が繋がる。
「分かったかも知れないけど、うちって複雑でね」
「そりゃ分かりますって」
ガキ連れて戦争行ってるだけでもどうかしてるって気はするけど、さっきの話はなんとなく、そんだけじゃない。
なんつーかこう、もっとデカいバックがありそうな……ンな雰囲気だった。
そしてあいつは当然、モロそこに巻き込まれてる。
おふくろさんがため息をついた。
「少しだけ……うちとあの子の事、話すわ」