#9 闘う理由
陽の国の主な産業は農業。国境線は海に面していない。
「ナサバナはいるかい?」
遊んでいた一人の子が誰かに声をかけられ振り向く。
「お、お妃様!! どうしてここに!? えーっと、ナサバナは……あれ? さっきまでいたのに……」
「出かけたのかい?」
後に陽の国の女王となる『マルシェ』は、この頃まだ妃の立場であった。
突然、国のお妃様が現れて、にわかに騒がしくなる孤児院。近くで会話を聞いていた子が、マルシェに話しかける。
「お妃様、ナサバナは森に出かけると言っていました。たぶんテツも一緒です。あの二人はいつも一緒にいますから」
マルシェはにっこり微笑んで礼を言った。
「そうかい。教えてくれてありがとうねえ。」
そのまま、森へ向かおうとするマルシェに、先ほどの子が恐る恐る問いかけた。
「あ、あの……戦はどうなっているのですか?」
マルシェが振り返る。
「戦は終わったよ。安心をし」
マルシェの言葉でワッと喜ぶ孤児院の者達。ハイタッチする者、ハグする者、様々であったが、見守るマルシェの表情はどこか悲しげだった。
「ナサバナ! しっかりしろ!ナ、サ、バ、ナ!!」
ぐったりとしたままのナサバナに、顔面蒼白になって声をかけるテツ。しばらく声をかけ続けていると、やっとナサバナが意識を取り戻した。
「おお、良かった。大丈夫かナサバナ?」
心配そうにナサバナの顔を覗きこむテツ。しかし、ナサバナはテツと目が合った瞬間、弾けるように距離を取り、テツをキッと睨み付ける。
「テツ君、チャンスを逃したな! もう同じ手には引っ掛からないぞ!!」
テツはナサバナの行動と台詞が全く理解できず、ただただ驚くばかり。
「おいおい、ナサバナよ。まだ続けるつもりなのか? 引っ掛からないも何も、ワシは普通に突き飛ばしただけだぞ?」
ナサバナは構えをとかない。
「うるさい! 僕は絶対勝つんだ!テツ君に勝つんだ!!」
ナサバナはもう一度テツに飛びかかる。テツはしっかりとナサバナの動きを見切ると、軽くいなしてみせた。すると、ナサバナは自分の勢いを止められず、転んでそのままゴロゴロ転がってしまう。
「もうやめておけ。ナサバナ」
土まみれで倒れているナサバナを諭そうするテツ。だが、ナサバナは立ち上がり、やはり闘う構えを見せる。
「ナサバナ……何故そこまでするのだ? ワシがお前に何かしたのか?」
テツの問いかけにも、ナサバナは黙ったまま。
「ナサバナ!」
じれったそうにテツがナサバナへ歩み寄る。すると、ナサバナが、構えたままで大きく叫んだ。
「来るな! 来るなら構えろ! ちゃんと闘えテツ君!!」
その迫力に、思わずたじろぐテツ。そして、ふうっと息をつくと、意を決した様に闘う構えを取った。
「やっとやる気になってくれたね?」
ナサバナはニヤリと笑うが、その笑顔は強ばっている。
テツも、ナサバナが無理をして強がっていることは分かっていた。しかし、口で言って説得できる男ではないとも悟ったのだ。
さあ、再び闘いが始まる。テツが本気で踏み込んだ瞬間、ナサバナは既にテツを見失っていた。
その巨体に似合わぬ速さでナサバナの後ろを取ったテツは、まずナサバナに膝カックン。
イタズラまがいの技で体制を崩されたナサバナは、手を地面に着きながら顔を上げる。
その時には、もうテツは前に回っていて、ナサバナの地面に着いた手を足で払った。
ナサバナはそのまま這いつくばり、慌てて立ち上がろうとするが、何かに後頭部をぶつけて、またベシャっ潰れるように這いつくばる。テツの掌だ。
何度も反撃しようと試みるナサバナだが、殴りかかってはかわされ転がされ、立ち上がっては潰され這いつくばるの繰り返し。とうとう倒れたまま動くことすらままならなくなってしまった。
「さて、まだ続けるか?」
傍らでテツが見下ろす。
「ハア、ハア……も、もちろんだ」
言い返すも、ナサバナは立ち上がる力が残っていない。
「続けるのは構わん。だが、その前にそろそろ聞かせてくれ。何故こうまでしてワシに挑んでくるのだ?」
テツもげっそりとしている。乗り気では決闘。相手は友人。いい加減に闘う理由を知りたいのだ。
すると、ナサバナがやっと重い口を開いた。
「逆に聞かせてよ。テツ君は、どうしてまだ孤児院にいるのさ?」
「な、何を言い出すのだ?」
「知ってるんだぞ。テツ君、軍に入隊を勧められてんだろ?」
「お、お前、な、何故それを?」
ナサバナの話に動揺するテツ。軍からの勧誘は事実であった。
「先生と話してるのを偶然聞いてたんだ。てっきりすぐにでも入隊すると思ってたのに、テツ君はいつまでも孤児院にいる。テツ君、陽の軍隊長になるのが夢だって言ってたのに、どうしてさっさと入隊しないのさ?」
「ぐ、ぐむ……」
ナサバナに問い詰められて口ごもるテツ。
「僕が代わりに言おうか? こないだのテツ君の話を聞いてて確信したんだ」
「いや、それは……」
「僕だろ? 僕がいじめられっ子だから、心配で孤児院を離れられないんだろ?」
ナサバナは、最後の力を振り絞ってヨロヨロと立ち上がってきた。そして構えた。再び闘うために。
「君を倒せば、君は安心して軍に入隊できる!」
ナサバナの本心を知り、愕然とするテツ。ナサバナの闘う理由は、自分を安心させるためだった。
「ナ、ナサバナ……ワシは……」
「これが最後だ! テツ君、覚悟!!」
疲労困憊の体に鞭打ち、ナサバナが飛びかかる!
その時、一陣の風が吹いたかと思うと、二人の間に黒い影が割って入った!
「そこまで!」
二人を探して森にやってきたマルシェである。
「話は全部聞かせてもらったよ。泣かせるねえ。ナサバナ、お前さん男だねえ」
驚いたナサバナとテツの声がシンクロする。
「「お妃様!?」」
陽の国の妃が突然現れたのだ。闘いが中断するには充分すぎる理由であった。
「お、お妃様、何故このような所に?」
目を見開いてテツが質問する。
「ん? 孤児院でお前達が森に言ったと聞いてね。ナサバナに話があって探してたんだよ」
ナサバナが更に驚いて、自分の顔を指差す。
「え? 僕を探していたんですか? どうしてまた?」
「うむ……」
マルシェはナサバナの顔をじっと見つめるが、なかなか本題を切り出さない。どう話して良いか、言葉を選んでいる様子だった。
「お妃様?」
ナサバナが、マルシェの顔を覗きこむ。
マルシェは、ナサバナの視線に耐えられず、少し目線をずらした。
「ナサバナよ。どうか、冷静に聞いて欲しい。良くない知らせだ」
瞬間、ナサバナの顔が不安に染まった。
「まさか……」
ナサバナの不安は的中する。
「お前の父親『レン』は戦場で命を落とした」
マルシェの報告に、ナサバナは膝から崩れ落ちた。うつむいたまま、全く動かなくなってしまった。
「ナサバナ……」
テツは掛ける言葉が見つからない。
「う……う……」
声にならない呻きを漏らし、ナサバナが肩を震わせる。
「ナサバナ、すまない。アタシ達がついていながら、こんな事になってしまって」
マルシェがナサバナの元に来て肩を抱いた。すると、マルシェはある異変に気が付いた。
「熱い? ナサバナ、熱があるのかい?」
マルシェがおでこに手を当てようとすると、それを嫌がる様に、ナサバナがマルシェを突き飛ばした。
「えっ!?」
マルシェの目に映るナサバナの姿が一気に小さくなったかと思うと、次の瞬間、背中に激痛が走った!
ドンッッッッッッッ!!
ナサバナに突き飛ばされたマルシェは、広場の反対の端まで飛ばされ、巨木にぶつけられたのだ!
「うああああああああああああああ!!」
ナサバナが天に向かって雄叫びをあげた!