#8 終戦記念日
この世界の住民は動物であるので、ほとんどの種族は体毛に覆われているが、裸を見られるのは恥ずかしいし、裸で外を歩けば捕まる。
「いたた……なんという事をするのですか!?」
蹴られた尻をさすりながら、恨めしそうに女王を見るテツ。
「ケツなんか出してグーグー寝てるからだよ。危機管理ができてないねえ。これがどこかの国のスパイの攻撃なら、お前さんお陀仏だよ?戦が終わってからというもの……」
話が、長くなりそうだと察したテツが割って入る。
「も、申し訳ございませんでした!ところで陛下はどちらにいらしたのですか?お供も付けずに」
「はあ?アタシの護衛に付いて役に立つ奴なんかいないじゃないか!ギリギリ大目に見て、お前さんやオビを連れて行ったとしたら城が手薄になるだろ!」
余計に話が、長くなってしまった。テツは諦めて正座し、女王の話を黙って聞き続ける。
こんこんとお説教が続いた後、やっと女王の話が本題に入った。
「……で、お前さん。推薦枠は決まったのかい?なんならアタシが出てやろうか?」
ひとしきり講釈してスッキリした女王は、本気とも冗談とも取れる表情で、テツに問いかけた。
「お、お戯れを!推薦枠はナサバナに決まりました」
テツの返答に、女王は意外だなと目を見開く。
「ナサバナだって!?なんだい?お前さん、まだ根に持ってるのかい?ナサバナに生涯唯一の黒星を付けられた事を」
「何を申されますか!」
「見物人がたくさん見てる中でやっつけて、仕返ししようって事だろ?セコいねえ」
女王は、半身になって横目にテツを見ながら、ちょっと意地悪にそう言った。
「そんな事を思っておりません!ナサバナには、軍に入って貰いたくて推薦いたしました!」
テツが、眉を吊り上げて意地になって反論する。
テツの剣幕を見て、女王はそれ以上意地悪な事を言うのをやめた。
「ふーん……まあ、ナサバナ本人がお前さんに勝った事を覚えちゃいないだろうからねえ。それで、タジちゃんは息子が出るって知ってるのかい?」
「……いえ」
一瞬、間が空いて、テツが伏し目がちになる。
「あらまあ、その様子じゃあ、ナサバナも自分が推薦されてる事を知らなかったりしてねえ」
「……」
「なんだい!図星かい!?」
「……はい」
返事をした後しばらくの間、テツが上目遣いにジーっと女王を見つめる。
「おいおい!アタシは知らないよ!お前さんが自分で説得しておくれ!」
自分にお鉢がまわりそうだと気が付いた女王は慌てて拒否した。
宛が外れたのか、がっかりしてため息をついたテツ。
「……もちろんです」
女王は励ます様にテツの肩をポンと叩く。
「断られたらアタシが出てやるから」
「陛下……本当に出たいのですね……あ、それで結局どちらにいらしてたのですか?」
テツに再び聞かれた女王は少し呆れた顔でこう言った。
「……一昨日、終戦記念日だよ?」
言われてテツが、はっとする。
「あ、そうでした……国王様はお元気で?」
「ダーリンはもう国王じゃないよ。陽の国の王はアタシだ。心配しなくてもダーリンは元気さ」
「あ……まあ……お元気であれば。あれから、もう十年ですか……」
「そ、お前さんが白目剥いてぶっ倒れてから十年だねえ?」
「……まだ言いますか?」
物語は、また十年前に遡る。
実はテツとナサバナの決闘は、誰にも時間も場所も知らせずに、二人きりで行われていた。
「むう……ナサバナめ。したたかな奴よ」
テツは意外な苦戦を強いられている。決闘が始まってしばらくの間、ナサバナに一撃も当てる事ができていなかった。その上、ナサバナは、テツの神通術を全く恐れていなかったのだ。
「偽物の地震なんかより、テツ君のゲンコツの方がよっぽどおっかないよ。だって、揺れたらテツ君だってまともに動けないんだもん」
その通りであった。これまでテツに挑んできた者達は、地面が揺れればそれだけで恐れおののいて降参していた。
しかし、ナサバナは、それを一目見ただけで足止めにしか使えないと見破ったのだ。
「大口を叩くなよ。神通術など使わずとも力の差は歴然だ」
言うやいなや、テツは走ってナサバナに殴りかかるが、拳に力が入っていない。そんな拳では、さすがに簡単に避けられてしまう。
テツは、どうしても本気で殴れずにいた。
駄目だ。もしもまともに当たれば、ナサバナが大怪我をしてしまう。ナサバナがいかにすばしっこくとも、ワシが本気で走って本気で殴ればかわせる訳がない。
テツが手を抜いている事は、ナサバナにも伝わっていた。
「ムカつくなあ。いつまで親分気取りでいるの?僕の母さまは、一つの軍隊に匹敵する力を持った、歴史上最強の女傑タジだよ?その息子を相手に手抜きの決闘なんて自信過剰もいいとこだ」
ナサバナは、汗一つかかずに余裕綽々の態度である。
テツは釈然としない。
先日、ノコギリを手に連中に対峙したナサバナは、確かに震えていた。なのに、今日のこの態度は一体なんなのだ?
「かかって来ないならこっちから行くよ!」
先日は多勢に面食らっただけなのか?それとも恐れたふりだったのか?
「さあさあ、どうした?テツ君!」
確かにナサバナはタジ様の息子。実は強くても何の不思議もない。ならば本気でやってみるか……
「待ちきれない!行くぞ!!」
来た!えーい、迷っている場合ではないか!
遂にナサバナがテツに飛びかかった!
右の拳は血管が浮き出るほど強く握られている!
その拳を胸が張り裂けんばかりにグイーッと後ろに引き、猛烈なダッシュの勢いと、鋭い腰の回転に乗せて、完っ璧なパンチがテツの顔面へ目掛けて放たれた!!
ドンッッッッ!!!
ヒュー……
……ドスン!!!
広場の真ん中から端の方まで高々と弧を描いて吹っ飛ばされた……
……のはナサバナの方であった。