#6 いじめ
陽の国の国王は指名制で、直系じゃなくても親族じゃなくても良いが、これまでは殆ど近親者が後継者。
国王になって最初の仕事が、後継者を遺言状に示す事で、随時変更できる。
「それはナサバナ殿の事ですな!」
やっと合点がいったトモの顔は晴れやかだ。
「お友達の「友」ですよ。私の名前の「トモ」ではありません。ナサバナ殿は、テツ殿を「テツ君」と呼ぶ程の間柄ですので」
ルナも納得したようだが、ちょっと頬っぺたを膨らまし、テツへの不満も溢れる。
「はっきりとナサバナさんに頼んだと言えば良いのに、隊長ったら。もう!」
その様子を見てトモが尋ねる。
「姫も、ナサバナ殿の事をご存知なのですか?」
膨れた頬っぺを元に戻し、ルナが答える。
「はい。ナサバナさんは、子供の頃に隊長と同じく城の孤児院にいらっしゃいましたので……」
遡ること十年前。ナサバナは、孤児院でただ一人両親が健在であった為、他の子どもから妬まれいじめられていた。
仲間外れにされたり、物を隠されたり、暴力を奮われる事もしばしば。
だが、ある日を境に、それまでナサバナをいじめていた子ども達がピタッといじめをやめる。
テツがやって来た日からだ。
「ほれ。ワシの荷物を持て」
「うん……ぐっ、重い……」
「しっかり持たんか!落としたら殴るぞ!」
傍目には、いじめられる相手が、他の皆からテツに替わっただけ。
当時から力の強かったテツは、ナサバナだけではなく子ども達全員に威張っていた。
ただし、威張ってはいたが、本気で暴力を奮ったり、誰かを仲間外れにするような事はしない。いわゆるガキ大将であった。
「ナサバナ!荷物運びご苦労!褒美にメンコを一枚やるぞ」
「……これ、昨日、僕から勝ち取ったやつだよね?」
「ウワハハハハハ!細かい事は気にするな!」
だが、威張れば当然疎ましく思う子もいる。
そして、ついに事件は起こった。
「ナサバナ!いいからテツを連れてこい!お前だってテツにいじめられてるんだろ?」
「い、いや、僕にはできないよお」
「上手くいったら俺達の仲間にしてやるぞ」
「でも……」
「断るならテツの代わりにお前を閉じ込めるぞ!」
林の奥、何やら悪巧みをする子ども達の元へ、今と変わらぬ大声で叫びながら、テツが近付いてきた。
「ナサバナーっ!何処に行ったーっ!?勝手に離れるなと言っとるだろうーっ!」
慌てる子ども達。
「テツだ!隠れろ!」
「ナサバナ!上手くやれよ!」
ナサバナをそこに置き、他の子ども達は皆が物陰で声を潜める。
テツがナサバナを見つけてこちらに向かって来た。
「お、いたいた。ナサバナ!黙って離れるなと、いつも言っとるだろう。いったい、そこで何をしとる?」
「あ……いや、別に」
「別に。とは何だ?」
テツが訝しそうにナサバナへ近付いて来る。
「あ、テツ君!それ以上来ないで!」
ナサバナの叫びは一足遅く、上から落とされた大籠に、テツは閉じ込められてしまった!
子ども達が、この日の為に数日かけて作った、太い竹を組んだ丈夫な籠だ。
「やったーっ!上手くいったぞ!」
「テツめ!思い知ったか!」
テツがポツリと呟く。
「……なるほどな」
子ども達は企みが成功して大はしゃぎ。
「テツ!反省しろ!お前が、もう威張らないと誓うまでそのままにしておくからな!」
「ナサバナ!行くぞ!」
子ども達は走って行ってしまう。ナサバナも、ちらりとテツを見たあと、やはり走って行ってしまった。
しばらくして、いつも目立っているテツがいないので、孤児院の者が皆に尋ねるが、関わった子ども達は知らんぷり。
そんな中、ナサバナはこっそり脱け出してテツの元へ戻って来ていた。
なにやら辺りにギコギコと音が響いている。
「何をしとる?ナサバナ」
仏頂面で聞くテツに、ナサバナが目も見ずに答える。
「見れば分かるでしょ?ノコギリで籠を切ってるの」
「ワシを逃がせば、またいじめられるぞ」
「僕、テツ君にいじめられた覚えはないよ。守られた事なら沢山あるけどね」
そんな事を言われてテツはくすぐったそうだ。
さて、そこへ再びいじめっ子達が参上した。
「こらっ、ナサバナ!お前、裏切るつもりか?」
ナサバナは、覚悟を決めた目付きで、言い返す!
「元々仲間になんかなってないやい!」
言ってしまってから、心臓がバクバク鳴りだした。
「何だと!?よーし、お前は縛り上げて木に吊るしてやる!」
それでもナサバナは怯まない。ノコギリを上段に構えて応戦するつもりだ!しかし、ノコギリを持つ手がプルプルと震えている。
「来るなら来い!お前達なんか僕がやっつけてやる!」
足もガクガクしている。それに、いじめっ子全員を相手にノコギリ一本では、ナサバナの勝利は絶望的である。
その時、メキメキという聞き慣れない音がしたかと思うと、テツの怒声がその場の全員の耳をつんざいた!
「武器を置かんかーっ!ナサバナーっ!!」
思わず皆が耳を塞ぐ。
「うう……なんて馬鹿デカイ声だ……ん?」
キーンという耳鳴りが止むと、またメキメキ、バキバキと音がする。
「見ろっ!た、竹が……」
「嘘だろ?あの太い竹がひしゃげていく!」
その音はテツが竹を握り潰す音であった!更にテツは、そのまま竹を左右に広げようとしている。
「ヤバい!そ、そうだ!ナサバナを人質に取れ!」
いじめっ子達がナサバナへ向かって走る!
「させるかーっ!」
テツは、そう叫ぶと片足を上げてドンと地面を踏みつけた!
「テツ君、それはいったい何の真似?」
「ナサバナ。隠していたが、ワシは神通術を使う。何かに捕まれ」
地の底からゴゴゴゴゴと地鳴りが起こり、テツの周りがグラグラと揺れ始めた!
「何だっ?地震かっ!?」
「今、神通術って言わなかったか?」
「うわっ、揺れが大きくなってきたーっ!!」
驚いて青ざめるいじめっ子達。ナサバナを捕まえるどころか、もう立っている事も儘ならない。
メキメキャ!バリバリバリーッ!
ついに二本の竹が破壊され、テツが外へ出てきた。いじめっ子達は逃げることもできない。
揺れが収まるのを待ってテツが口を開く。
「お前達は、例え百人束になってもワシには敵わんよ」
言われるまでもなく、いじめっ子達は戦意を喪失して、皆が許しを乞う顔をしていた。
静寂を切り裂いて、我に返ったナサバナが興奮気味にテツに迫る。
「今の何!?テツ君が揺らしたの!?神通術って何なの!?自分で出られるなら何で今まで出てこなかったの!?」
ずいずいと迫って来るナサバナを制してテツが怒鳴る。
「うるさいっ!いっぺんに聞くなっ!!」
「……」
ナサバナを落ち着かせると、テツはいじめっ子達に問いかける。
「お前達、ワシが籠を壊せると思ったか?」
いじめっ子達は、しばらく顔を見合わせて、一人が恐る恐る答えた。
「……思わなかった」
テツはひとつ頷き、また問う。
「では、先ほどワシが孤児院に現れたとしたら、どう思った?」
「……きっと、誰かが逃がしたのだろうと」
「誰かとは?」
いじめっ子達は、少し考えたのち、声を揃えた。
「……ナサバナ」
テツは振り返り、ナサバナを見る。
「という訳だ」
「……」
ナサバナが、納得した顔をしていないので、テツは、ちょっと困っていた。
気を取り直して、再びいじめっ子達に語りかける。
「のう、ワシもナサバナは羨ましい。ワシは父も母も顔すら知らんのだから」
子ども達は神妙な顔つきになっていた。
「けど、ナサバナは今、いつ両親とも死ぬかもしれぬ恐怖の中で生活しとるのだぞ?それはそれで可哀想ではないか?」
テツが子ども達を諭そうとしていると、突然ナサバナに背中をつつかれた。
「どうした?ナサバナ」
ナサバナは、じっとテツを見つめた後こう言った。
「哀れんでいたの?」
テツは少し考えて、静かに頷く。
すると、その場に居た全員が、次のナサバナの台詞に驚愕するのであった。
「テツ君!君に決闘を申し込む」