#5 頼んだから
陽の国に電気、ガス等は無いが、上水道はある。
通常食事は一日二食で、夜に出歩く習慣は無く、外食産業の稼ぎ時は午前中。
「キリ様、責任者が出かけておりますので、参加証明書は用意されたお部屋にお届け致します」
「承知しました」
お城では、キリが神前闘技催の参加受け付けを済ませていた。
「次の方、どうぞ」
呼ばれて席を立ったのはトモである。
「トモさんは、神前闘技催の出場者だったのですね?びっくりしました」
席を立つトモに、ルナが話し掛けた。
「えっ、姫は知らずに私を城に招いたのですか?」
「はい。てっきりテツ隊長の直属の部下の方だと思っておりました。北斗の国の方だったのですね」
「テツ殿の直属の部下?いえいえ、私はテツ殿と面識はありませぬ」
「えっ、でもトモさんが月影の雫を見つけてくださったのですよね?」
「はい。私が見つけました」
「……」
「……」
お互いに、なんだか話が噛み合わないなあと思うトモとルナであった。
ナサバナの家の周りでは、見物人が拍手喝采。
「いいぞっ、ランバル!あと三人だ!」
「馬鹿っ、ランドルだよ!」
「お前ら!俺様の名はランブルだ!」
いまいち名前は浸透していないが、ランブルの見事な活躍が続いていた。
「舐めるなっ、隙だらけだ!」
見物人に気を取られたと見るや、盗賊の一人が斬りかかる。しかし、ランブルは「分かってますよ」とばかりにサッと避けると、瞬時に後ろを取る。
「また消えた!」
「バーカ、後ろだよ」
ランブルが首の付け根をトンと叩くと、盗賊が膝から崩れ落ちた。見物人は、やんややんやの大喝采!
「やったー!あと二人!」
「頑張れっ、ルンブラ!」
「ランブルだ!お前らわざと間違えてるだろ!?」
ナサバナは、見物人の一人と一緒に、ランブルが退治した盗賊を縄で縛っていた。
「いやはや、しかし凄い速さだなあ。トモさんと、どちらが速いだろう?」
その様子を見てランブルが怒鳴る。
「ナサバナは、そこで何やってんだよ!」
「だって、さっき「ナサバナも手伝え」って言ってたじゃないか」
「手伝えってのは、一緒に闘えって意味だバカタレ!縄で縛るのは横のオッサンに任せて早く来い!ちょっと疲れた!」
若干キレ気味のランブル。
「ええっ?嫌だよ。おっかないもん」
ナサバナ、眉間にシワを寄せ、露骨に嫌そうな顔。
「ふざけんな!隊長の話と全然違うじゃないかよ!」
二人が言い合いをしていると、残りの盗賊二人がランブルの後ろから同時に斬りかかった!
「貰った!」
しかし、この奇襲すらランブルには通用しない。ヒラリと避けると、またしても後ろにまわる。
「ほらっ、ナサバナ!最後くらい自分でやれ!」
そう叫ぶと、ランブルはナサバナの方へ向けて盗賊達の背中をドンと押した!
盗賊二人はランブルに斬りかかった勢いそのままに、今度はナサバナに向かって行く!
「えーいっ、そもそも我等の狙いは貴様だ!覚悟しろっ、ナサバナ!」
「うわっ、こっちに来るな!」
テツには、もう時間稼ぎの術は無かった。定食屋を出て、翁の後ろをとぼとぼと付いていく。思わず溜め息が出た。
「はあ……」
「隊長殿、さっきから様子がおかしいですぞ。私とナサバナ殿を会わせたくないのですか?」
「いやいや、決してそのような……」
その時、翁の目に、後ろの方から数人の男達が走って来るのが見えた。
「おや?あの者達は軍の者達ではありませんか?」
「何ですと?」
テツが振り向くと、先頭の者がテツに気が付いた。
「隊長ではありませんかっ!お休みになっていたのではないのですか?」
「それより、お前達は何をしとるんだ?」
「はっ!民家の前で例の盗賊団が暴れていると通報に来た者が居りまして」
「民家?誰の家だ?」
「それが、ナサバナ様の家だと」
「何だと!?」
それを聞くと、翁がテツの上着の袖を引っ張った。
「隊長殿!とにかく急ぎましょう!」
「これで良しと」
ランブルは、最後の二人を縛り上げると、額の汗を拭って、見物人が差し入れた麦茶をグイッと飲み干した。
「っかあー!喉に染みるぜ」
そこに、ナサバナがツカツカと寄って来る。
「ちょっと、ランブル君!さっきは酷いじゃないか!」
「あん?いいじゃないか。見事だったぜ」
「見事だったぜじゃあないよ!刀を持った盗賊を民間人に向かって突き飛ばす軍人なんて聞いた事ない!」
腕組みをして、顔を真っ赤にするナサバナ。
「はいはい。悪かった悪かった」
対して、鼻をほじりながら、明後日の方向を向いて、てきとうに返答するランブル。
「何?その言い方。全然悪いと思ってないでしょ?」
「思ってるよっと!」
ランブルはナサバナを押し退ける様に、見物人達の方へ向かう。
「ちょっと……」
ナサバナは、まだ何か言いたげだったが、ランブルは構わず話し出した。
「皆、聞いてくれ!今日、俺様がここに現れた事は他言無用だ!」
見物人達がざわつく。
「盗賊を退治したのはナサバナだ!そういう事にしといてくれ!」
ナサバナがギョッと目を見開く。
「何言ってるの?君の大手柄じゃないか。だいたい、僕が退治って、全然説得力がないでしょ!?」
ランブルが、ナサバナの方に振り向いた。
「訓練サボって来てるんだよ。隊長にバレたら手柄どころか大目玉さ」
その時、曲がり角の方から大勢が走る足音と、とびきり大きな怒声が聞こえてきた。
「そこを曲がったところだ!急げ!」
ランブルが慌てて逃げ出す。
「やっべ!隊長の声だ。ナサバナ、頼んだからな」
「あっ、ちょっと待っ……行っちゃった」
「ナサバナ……ずいぶん想像と違ってたけど、面白い奴だ。あの状況で、刀を避けるどころか峰を叩いて刃先をザックリ地面に突き刺しちまうとは……まあ、その後に慌てて俺様の後ろへ隠れたのもビックリしたけど……ふふ」
ランブルが姿を消すと同時に、テツと部下達が現場に到着。一番後ろの部下は翁を背負ってヘトヘトであった。
「よっと……ありがとう。楽をさせてもらいました」
翁は、地面に降りて様子を確認する。
「これは……既に盗賊どもが縛られているではありませんか!」
翁以上に驚いていたのはテツであった。
「ナ……ナサバナ……これは、お前がやったのか?」
見物人達がナサバナに注目する。
「えーっと、その……」
ナサバナが何と返答するか、皆、興味津々であった。
「……僕がやった」
一番後ろの見物人が、聞こえないくらいの声で前の者に囁く。
「あれだけ文句言ってたのに、ちゃんと言うことを聞くんだな」
さあ、翁が悔しそうに叫びながらテツの元へ歩いてきた。
「ああ、もう!隊長殿が餡蜜など頼まなければ間に合ったのに!」
「も、申し訳ありませぬ。しかし、これは……」
定食屋でのテツのナサバナ評は、かなり話を盛っていた。「天才」「小さな部隊なら一人で壊滅」これらは、とある部下の口癖を引用しただけなのだ。
「まさか本当にナサバナが盗賊を退治するとは……」
「何です?聞こえませんぞ」
「ああ、何でもありませぬ。そうだ!御老体、捕物見物は成りませんでしたが、推薦状は?」
「もちろん受け取ります。今日見られなかった分も、本番でしっかり見物させてもらいます」
「おおっ、良かった!」
こうして、本人の全く知らないところで、ナサバナの神前闘技催出場が決まったのだった。
「ねえ、二人で何の話をしてるの?」