#4 天才
この世界では、ナサバナ達が住む陽の国を始め殆どの国で「軍」と呼ばれる組織が、軍隊と警察の役割を兼ねている。
テツと翁の話を盗み聞きした盗賊の仲間達は、仲間を痛め付けたのがナサバナだと誤解する。
一方、ナサバナの家には、月影の雫を探した者の名を、トモという名だと勘違いしたままのルナが訪れた。
「……行っちゃった」
トモはルナに連れて行かれ、残されたナサバナは一人、黙々と毒蛇を食し、先程の事に思いを馳せていた。
「トモさん、細身だし顔立ちも整っているし、女っぽい事に劣等感があったのかなあ?」
さらに、何故ルナが直々にトモを連れて行ったのか、不思議に思っていた。
「神前闘技催の出場者って、皆、お城に宿泊するんだろうか?それにしたって姫が直々に迎えに来るかな?……というか、どうしてここに居ると分かったんだろうか?」
いくら考えても、一つも疑問は解決しない。悶々としながら朝食を食べ終えて、ポツリと呟く。
「もう、帰って来ないのかなあ?」
ナサバナが毒蛇を完食した頃、テツと翁は近くの定食屋にいた。嘘の上塗りを重ねて八方塞がりとなったテツの必死の引き止め工作である。
「朝飯を奢ってくれるのは嬉しいが、急がねばナサバナ殿が出立してしまいませぬか?」
「ナサバナは、医者に成るため勉強中の身。滅多に外出はいたしません。残念ながら……」
「残念ながら?」
「あ、いやいや……ほら飯が来ました」
店の者が定食を二つ運んで来た。
「お待たせしました。朝粥膳と毒蛇の……こちらは本当に尾頭付きで宜しいのでしょうか?」
「ああ、構わないんだ。ありがとう」
「では、ごゆっくりお召し上がりください」
翁が怪訝そうな目でテツを見つめる。
「隊長殿は、本当に毒蛇の頭を食うのですな。平気なのですか?」
「物心ついた頃から食っておりますが、腹を下した記憶はありませんなあ」
そう言うと、毒蛇を頭から丸かじりするテツであった。
「……うっ」
その光景に、若干食欲を削がれる翁。
「ふぉおふぁへふぁ?ふぉふぉうふぁい」
「飲み込んでから喋りなさい……せっかくですので、お聞かせ願いたい。ナサバナ殿とは、どのようなお方なのですかな?」
「んぐ……ナサバナの事を?ふむ……一言で言うなれば、天才」
「天才?」
「奴が真の能力を発揮すれば、小さな部隊くらいなら一人で壊滅させられるはず」
「そ……そこまでの方なのか?しかし、そのような方が何故に医者の勉強を?」
翁の質問に、テツは少し俯き、間を取った。
「……亡き父親の意志を継ぎたいのでしょう」
「父親の?戦死と書かれておりますが、父親は医者だったのですか?」
「いかにも。前の国王は、ナサバナの父の腕を見込み、軍に帯同させておりました」
「母親は伝説の女傑タジ様でありましょう?両親ともに戦地に駆り出されて、ナサバナ殿は、どうされておりました?」
「ナサバナは、孤児のワシらと同じく、城の施設で暮らしておりました」
「ああ、それで隊長殿はナサバナ殿と顔見知りなのですか」
「ナサバナは、いつもこう言っておりました。人を殺める母は嫌いだ。人を救う父を尊敬していると」
今度は翁が間を取り、目を瞑る。
「……ふむ。今もナサバナ殿とタジ様は不仲なのですかな?」
「いやいや、ナサバナも今は大人。良い息子として評判でございます。ただ……」
「ただ?」
「勉学にも優秀なはずが、何故か医者の試験では力を発揮できない。無職で母親の脛をかじる生活を続けております」
「なるほど。隊長殿は、神前闘技催にナサバナ殿を出場させ好成績を修めた後、軍に推薦しようという魂胆なわけですな?」
「はは……今は戦も無い。軍の仕事は専ら罪人を捕まえる事。ナサバナの能力をもってすれば、幹部候補であります!」
「隊長殿の思いは分かり申した。何しろ、まずはナサバナ殿のお手並み拝見とまいりましょう。さ、そろそろ出ましょうか」
翁に促されて、ハッとするテツ。
「あ……食後に茶菓子などいかがですかな?」
「……まだ食べるのですか?」
ナサバナの家の前にはずらりとイタチ盗賊団が並んでいた。十人。その異様な光景に、周りの者達は遠巻きに見ている。
「目立つ時間だが仕方がない。早めに方を付けるぞ」
「承知。まずはナサバナを外に引きずりだすか」
盗賊団の一人が扉を開けようとしたその時、中からまるで無防備のナサバナが出てきた。
「うわっ、ど……どちら様ですか?」
「ナサバナだな?ふむ、思ったよりずいぶん小さな男だ」
「む、いきなり失礼だなあ。あんた誰?何の用なの?」
ナサバナにとっては予想もしない来客である。しかし、盗賊団にしてみれば「察しが付くだろう?惚けるな」といったところだ。
「昨晩の仲間の敵討ちに来た。悪いが金品は要らん。その命をもらい受ける」
身に覚えのない難癖を付けられて困惑するナサバナ。
「えっ?悪い冗談は止して下さい。僕は昨晩、花を探していただけですよ?さ、退いてください。これから薬の勉強会があるので失礼いたします」
「花と薬だと?そうか、貴様、薬草を使って仲間の自由を奪ったのだな?お前ら!体には絶対に触れさせるな!」
「おおっ!」
盗賊達は、全員が長刀を抜いた。
「うわっ、何する気!?」
青天の霹靂とはこうした時に使う言葉なのであろう。ナサバナもやっと事の重大さに気が付く。
戸惑うナサバナに、盗賊達は容赦なく襲い掛かってきた!
まずは正面から一本突いて来る!
ナサバナは必死で右に避ける!
すると避けた右から二本目が来る!
ナサバナ、しゃがんでかわす!
今度は左から三本目が降り下ろされる!
ナサバナが飛び上がる!
実は、ナサバナには全ての攻撃がゆっくりに見えた。故に紙一重で三つかわす事が出来たのだ。この能力こそがナサバナの最も大きな武器である。
そして、その能力で、ナサバナは不思議な光景を目撃していた。
盗賊の長刀が、ナサバナに向かう直前、何故かフッと消えるのである。
一瞬、ナサバナは「刃先を見失った!斬られる!」と思うのだが、盗賊の手には長刀が握られていないのだ。
長刀を無くした盗賊達も慌てている。
消えた長刀は、いったい何処へ行ってしまったのだろうか?
「盗賊が、こうもあっさり武器を盗まれちゃあ潮時なんじゃないのかい?」
ナサバナと盗賊達が振り向くと、リスが長刀三本を掲げていた。
「また小さい奴が現れやがった!貴様、いったい何物だ!?」
リスはニヤリと笑い、一歩前に出て、小さな体で大きく胸を張った。
「俺様の顔を知らないとはもぐりだな?だが、この名前を聞けば、恐れおののき逃げ出すだろうよ」
体は小さいが、とにかく態度は大きい。軍の制服を着ているが、なんだかあちこち弄ってある。
「いいか?耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!」
声も大きい。
「俺様こそが次期軍隊長の座を約束された男!神前闘技催の最有力優勝候補!歴史に名を残す格闘の大天才!『ランブル』様だ!!」
盗賊達は口々に言った。
「ランブル?全く知らない名だな」