#13 元で
この世界では眼鏡は発明されている。種族で顔の形状が違うので、フルオーダーメイド。コンタクトレンズはまだ発明されていない。
「貴様ー!!」
固まっていたトモが声を上げた。
「えっ、まさか、トモ殿の声か?」
声を上げただけではない。ゆっくりとだが、キリに向かっていこうと体が動きだした。
「ば、馬鹿な! こんなにすぐ動ける筈がない!」
キリがはじめて動揺した。そして、トモのあまりの迫力に少し後退りしてしまう。
「ほう、まだ終わってなかったみたいだねえ」
マルシェは再びニヤニヤしだした。
トモの動きが徐々に元に戻り、キリは、さらに後退した。
「よくもナサバナ殿にわたしが女だとバラしたな!」
「ま、待ちたまえ! な、何を怒っているのか分からん……」
「問答無用!!」
トモが構えると、何故かトモの周りの景色が歪む。
その光景を見て、マルシェの笑顔が引き吊った。
「あ、これはヤバいやつかも……」
「キリーっ!! 覚悟しろ!!」
「くっ、仕方あるまい! 大怪我をしても恨むなよ!」
キリも応戦する構えだ。前のめりにトモを睨む。
さあ、お互いに踏み込もうとしたその時……
バリバリバリーッ!!!!
二人の間に稲妻が落ち、衝撃で二人とも後ろに吹き飛んだ!
もちろんマルシェの仕業だ。
「トモ、はやまるな! ナサバナは気絶している!!」
しりもちを付いたまま、我に返ったトモがマルシェを見る。
「えっ、ナサバナ殿が?」
「トモさん、ナサバナさんはこちらに……」
ルナが、ぐったりとしたナサバナを抱き抱えていた。
「ナサバナ殿! いったいどうされた!?」
トモが慌てて駆け寄る。
一方、キリはキョトンとしたまま座り込んでいた。
「いったい何だというのだ?」
マルシェがキリに手を差しのべる。
「掴まりな。すまなかったねえ。あのままやらせたら、どっちもただじゃ済まないと思ってね」
「もっと早く安全に止めて下さい!!」
ルナが全力でツッコんだ。
「ありがとうございます。陛下に助け起こされるのは二度目ですな」
「そうだねえ、あの時には、お前さんがこんな偉い博士様になるとも、こんなに強くなるとも思わなかったよ」
キリは立ち上がると、ナサバナの方に目をやった。トモが心配そうにナサバナの顔を覗き込んでいる。
「陛下、あちらの方は、ひょっとしたら……レン様の?」
「ん? ああ、そうだよ。息子のナサバナだ」
「やはりそうでしたか……我輩の講義を聴きに来たということは、医者を目指しておられるのですね?」
「ああ、何度も試験に落ちてるんだけどね……ところで、今日はもういいだろう?」
「え? ああ、続きは闘技催にて!」
「いや、そうじゃなくて……」
マルシェが、席の方へ目線をやる。
講義を聴きに来た者達が、皆、どうしていいか分からない顔をしていた。
「あ、いや、皆さん申し訳ない! 今日はおしまいにします! 忘れ物の無いようにお帰り下さい!」
ナサバナは、念のため医務室に連れて行かれた。
「先生、我輩の見立てでは気を失っているだけですな。外傷も無く、脈も正常です」
「貴方がそうおっしゃるなら間違いないでしょう。気が付くまで、ここで寝かせておきますよ」
「では、我輩は部屋に戻ります」
キリが医務室を出ようとしたところで、トモが立ち上がった。
「キリ殿!」
「ん? どうされた」
「すまなかった……」
トモは深々と頭を下げた。
「……ふむ。まあ、気になさるな」
二人のやり取りをマルシェがじっと見ている。
「……」
「では、これにて」
「あ、アタシも行くよ」
キリと一緒にマルシェも出て行った。
医務室には、トモとルナも残っている。
「あの、トモさん、ナサバナさんにも自分が女性だと打ち明けた方が良いんじゃありませんか?」
「……」
「トモさん?」
「姫、昼間にも申しましたが、タジ様はたいへん真面目で、若い娘を家に泊める等許していただけません」
「(タジさんって、そんなに真面目な方だったかしら? むしろオープンな性格だったような……)」
「始めは、闘技催に参加するために性別を偽りましたが、今は違う。ナサバナ殿にバレれば、あの家にはいられないから……」
「でも、ずっと騙してはいられないでしょう?」
「……」
「(あれ?これはナサバナさんを気に入ったというよりも、ひょっとしたら……)」
「ナサバナ殿は心が強い。度胸は無いが、心はとても強いお方です」
「え?」
「わたしは心が弱い。先程ご覧になった通りです。情けないほど心が弱い」
「は……はい(何の話かしら?)」
「わたしは、ナサバナ殿の元で心を鍛えたいのです!」
「(あ、そういう事?なあんだ……)」
マルシェは、キリの部屋の前まで付いてきていた。
「あの、陛下。まだ何か御用ですか?」
「……」
「陛下?」
「……お前さん、ちょっと良い子ちゃん過ぎやしないかい?」
「え? いやあ、そんな事は……」
「嫌々付いてきたとはいえ、あの席に着いた以上は、トモはお前さんの生徒だ」
「まあ、そうですな」
「お前さん、明らかに一人退屈そうにしてたから、実演の相手にトモを指名したんだろ?」
「おっしゃる通りです」
「トモは指名されたのをいいことに、お前さんに一泡吹かせる気だった。そう思わないかい?」
「うーん、推測ですが、きっとそうでしょうな」
「挙げ句、お前さんにとっては訳の分からない理由で逆ギレされて吹っ飛ばされた」
「(吹っ飛ばしたのは陛下ですけど)そうですな」
「客観的に見て理不尽なのはトモだ。講義の時間も潰された。なんでもっと怒らないのかわからないんだよねえ」
「……怒っても、何も生まれませんし」
「……ふーん、お前さん変わったねえ。まるで別人だよ」
「十年も経てば、誰でも変わりますとも」
キリは、戦の時代にレンの元で働いていた。




