ドラゴンー(卵×転生)=猫
転生したら猫になってました。自分の手足は真っ白な毛に覆われています。
そして目の前には、口髭がダンディーなオジサマが目を丸くして私を見下ろしていました。
こんにちは。と言いたかったけれど、私の口から発せられたのは「にぃー」という猫そのものの鳴き声だけ。
それだけでオジサマは目を細め、優しい笑みで頷くと私の頭を撫でてくれました。
なにこれメッチャ気持ちいい!
優越感に浸りつつ辺りを見回してみる。私がいるのは薄汚れた机らしきものの上。
このオジサマの部屋かなにかかと思ったけど、棚に囲まれて窓も無い乱雑に散らかった所でした。
うん、これは絶対オジサマの部屋じゃないな。間違いない。
本は縦横斜めに突っ込まれてあったり、机や床に積み上げてあったり。なにかをメモしたり、くしゃくしゃに丸まった紙があちこちに散乱してたり。コルクで蓋をされたりされなかったりする瓶がところ狭しと転がっている。
きっと片付けようとすれば部屋の主に『何処に何があるか分かってんだから手を出すな!』って言われるに違いない。
それはそれとして私の左右に転がっているのが、半分ずつに割れた卵の殻だ。薄青い色を持つそれはどう見ても私のサイズとほぼ同等。
――いや、知らないフリをするのはやめよう。これは先ほどまで私が入っていた卵の殻なんだ。
この世界は猫が卵から産まれるのか!? うん、生命の神秘。
「まさか卵から猫が産まれるとは……。前代未聞だが可愛いので良しとするか」
はい、違いました。
この世界では猫が卵から産まれないそうです。
実はどうにか中から脱出するのにもがいてたら、このオジサマが卵を割ってくれたのです。ああ、あなた様は私の命の恩人です。ありがとう!
「にぃぃー」
「おお、よしよし」
『にー』しか言えないこの口が恨めしいいいぃーっ!
でも撫でりこ撫でりこは至福! もっとやって下さい。
「オイ、クソ王子。テメェ勝手に家ん中入るなってなんべん言ったら分かるんだ」
オジサマの背後からガラの悪い言葉が投げかけられる。背後を振り返ったオジサマの向こう側に、扉に肘を掛けたチンピラみたいな人が嫌悪感あふれる顔でこっちを睨んでいた。
髪はボサボサで、貫頭衣のようなロープは薄く汚れて元の色がよく分からなくて。眼鏡の奥でつり上がった瞳がこっちを睥睨している。
「魔術士よ。私はもう王位を継いだのだが?」
「テメェが王になろうがなかろうが、オレの中じゃクソ王子で充分だ」
オジサマは王様だったんですか。チンピラさんはそれに対して酷い云いようですね。不敬罪で罰せられないのかなあ。
――とか思ってたら目が合って、背筋の寒くなる眼光で睨まれた。こ、こわぁ……、わ、わたしが何をしたというんですか!?
「に、にぃー」
「オマケに動物なんか持ち込みやがって! 妙な病原菌に感染してねぇだろうな」
「病原菌も何も、この猫はいまここで……」
「オイ、ちょっと待て!!」
言いかけたオジサマを押しのけて、抱かれかけていたために一緒に脇へのけられ、落ちそうになった私はあわやオジサマがナイスキャッチ。
そんな私たちには目もくれず、チンピラさんは机上で無造作に転がっていた卵の殻をブルブル震える手で持ち上げた。
そしてオジサマと私を射殺さんばかりに睨みつける。
「オイ、こりゃ洒落になんねぇぞ!」
「だから……」
「これは蒼竜王殿から預けられた大事な品だ」
「いや、だから……。なにっ!?」
そーりゅーおーって何ですかね? その言葉を聞いたオジサマが目を剥いて私を見る。
「にゃあ」
「にわかには信じられんが、事実か……」
おーっていうのは『王』で合ってるのかなあ。
そーりゅーという王様から預かった卵からこの私がっ! いや、胸張ってふんぞり返ってる場合じゃないって。
「もしかして猫が例の?」
「そーだ。卵が例の、一年経っても中々孵らないと噂の奴だ」
チンピラさんは手に持っていた紙袋を乱暴に机上に投げ置き、オジサマの肩へ馴れ馴れしく肘を掛ける。
「オレが折角預かってよー、機材揃えてじっk……いやいや、調べ始めようと思ってたのによー」
チンピラさんはいったん言葉を切るや否や、オジサマの胸倉に掴み掛かった。
オジサマ王様だよね、大丈夫かこの人。他にも実験とか言いかけなかったかな?
「中身を何処へやった? ええ、白状しろっ!」
睨み合うこと数秒、オジサマは腕に抱いた私を2人の顔の間へ持ち上げた。
チンピラさんは怪訝な顔つきで、視線がメチャクチャ怖い。ちびりそうだけどレディ魂で耐える!
「に、にいぃぃー」
「……なんだこの猫、妙に魔力が強い?」
「これが卵から孵ったものだ」
「…………」
「…………」
「な、なにいいいいいぃィッッ!?」
巨匠の絵みたいな驚愕と絶望感をないまぜにしたチンピラさん。
真っ白になって座り込んでしまいました。猫が卵から孵ることがよっぽどショックだったんだろうなあ。
心中お察し致します、なむなむ。
座り込んでるチンピラさんを一瞥し、オジサマは微笑んで私を抱き上げました。なんでそんなにイイ笑顔なのですか?
「よしよし出自も分かったことだし、これからお主の両親に会いに行くか」
それはさっきのそーりゅー王って人ですか。ぜひ会ってみたいですねー。
「にぃー、にぃー」
前足を振り上げて催促する私。子煩悩なお爺さんみたいな笑顔で「そうかそうか、会いたいか」と頷くオジサマ。
ところで猫語が分かるんですか? いやに以心伝心なところが怖いんだけど。
そうしてオジサマは私を抱いたままチンピラさんの部屋を出て、階段を上り、真っ白い荘厳な建物の内部へ。
上がった廊下の左右に控えていた騎士のお兄さんやら侍女のお姉さんに頭を下げられているのを見ると、オジサマは偉い人なんだなあという実感が。
そしたら侍女に持って来させた綺麗なふかふかミニ座布団の上に載せられました。
その下にあるのは十五夜で小山になったお団子が乗る桐製の器みたいなもの。
あるえー。なんか私お供え物みたいじゃね?
そのままお付きの人たちとぞろぞろすたすたと進んで行く。
天井の高い建物を抜け、屋根付き石畳の長い通路を延々と進む。
途中、緑生い茂った史跡風なところを抜けたらその先に広がるのはエメラルドグリーンな水を貯えた大きな湖。海じゃないと分かったのは四方を山に囲まれていたからです。
護衛の騎士や侍女の人たちは湖畔までらしく、一礼するとそこに留まる。オジサマは石畳の道を渡り、湖の中央にある小島に辿り着いた。
いったん私を風化でボロボロになった石造りの台座に置き、両手を広げて湖に向かって呼び掛けました。
「友よ! 祖より続く友よ! 朗報だ! 姿を見せてくれ!」
そーりゅー王さんは水棲の人だったのかと思った瞬間、湖面がモーゼばりにぱっくり割れ、下から4頭の青いドラゴンさんたちが現れました。えーと、特撮で基地から出て来る秘密兵器のようですね、ええ。
私から見ると高層ビルのような巨体に唖然とするしかありません。
大、中、小、小の4頭で、お父さん、妻、お兄ちゃん、弟の印象が何故だかはっきりとわかりました。
『どうした新しき王よ。お前の楽しそうな様子は小さき頃のようだな?』
「いやいや、今回は我より蒼竜王よ。友たちに朗報を持って来たのだよ」
敬ってるんだかフランクなんだか分からないおふたりの会話の中、お供え物台座ごと私がドラゴンさんに差し出されました。
ずいっと顔を近付けてくるのはいいんですが、こっちからすると、きめ細やかなサファイア色鱗ドアップとしか言えません。
『おや? この小さな獣から発せられる魔力は……』
『まあ、可愛らしいこと!』
『……ちいさい』
『ちー』
4頭で私に迫らないでください。青い壁に囲まれて別の意味で怖いです。
眉をしかめた(ように見える)大ドラゴンさんを見上げたオジサマが、イタズラが成功したかのようにニヤリと笑います。
『まさかこの者はっ!?』
「そうだ。あの孵らなかった卵から生まれたキミの仔だよ」
『まあ!』
『……いもうと?』
『いも』
「ににゃっ(芋!?)!」
なにその言い方は、と憤慨する間も無く、中ドラゴンさんが私を器ごと持ち上げてしまいました。
いやもう、大ドラゴンさんが私の父親だというそーりゅー王ならば、この中ドラゴンさんは私の母親でしょう。
『初めまして、私がアナタのお母さんよ! この子たちがアナタの兄弟よ』
猫なところには疑問はないんですかお母様?
音符が飛びそうな喜びのまま、小ドラゴン2頭の前にも差し出された。
なるほど、この2人が私のお兄ちゃんたちですか。
あちらは家一軒くらいのデカさ。もの凄い体躯の差に、ちょっと撫でられただけで潰されそうです。
『よろしくな』
『な』
「にゃ」
お兄ちゃんたちが私におそるおそる触れて挨拶を交わしてくれた。2人の瞳の大きさと私がほぼ同じなので、見つめられる目だけでも圧倒されます。ちょっと怖い。
『だがしかしこの姿では湖で暮らすには無理だろうな』
『……そうですわね』
猫な私と背後の湖を見て、顔を突き合わせる両親。
たしかに猫の身で水棲は遠慮したいかも。
そこへ王様が胸をドンと叩いて両親の間へ割り込んだ。
「それなら御仔の世話は我々に任せてもらおう!」
『んん。……すまん。頼めるか、新しき王よ』
お父様が私と王様を交互に見てから、渋々決断を下す。
『毎日とは言わないけれど、時々は逢わせてくれるのかしら?』
器ごと手離すのも惜しいとばかりに抱き締めるお母様。器にヒビ割れが入ってるんですが……。
「我の手が空いたときには必ず」
『うむ。……だが友よ、お主も代替わりしたばかりで忙しいであろう。無理をせん程度にな』
顎に手を当てて考え込むような仕草をしたお父様。
オジサマとお父様の間で視線を行ったり来たりさせたお母様は頷く。あ、カカア天下じゃないんですねえ。
抱擁という戦々恐々とした鱗の擦り付けを4人分受けた私は、再びお供え物のような扱いでオジサマの腕の中。
ぞろぞろすたすたと後ろにお供を引き連れて、お城へ向かう。
そこでちょー美人のお后様と可愛い赤ん坊を紹介して頂きました。
いやーまさかこのあとこのお子様とのなが──い付き合いと、この王家とのなが────い付き合いになるとはこの時は夢にも思わなかったけど。
とりあえず今はこの始まったばかりの猫人生を楽しむことにしましょうか。
どうもです。
唐突に短編です。
これはリアデイルを書いていたころに書きかけた元々は連載用のプロローグ部分です。
王室うんぬんのきらびやかさが書けなくて断念したシロモノで、今回姉共の強h、いやいやお願いでちょこっと書き直して投稿しました。
よくあるテンプレ転生なお話ですので、あっさりとお読みくだされば幸いです。