4 はじめまして
単調な歩みが続いたせいか、体感時間は相当長かった。地下で、さして広くはない一本道を数時間歩いたのだ。他愛ない会話なんてものは早々に尽き、無言でひたすら歩くだけという行動はある種拷問じみていた。ノイローゼになりそうだった。
「運転手さん、あの先に見えるのって」
「ようやくだな、あれが玄関だ」
「よかった……」
視界に辛うじて生じた変化は、真っ直ぐに延びる廊下の先に現れた茶色い扉だった。目新しいものが嬉しくて扉ばかり見ていたが、それ故によく考えると少々おかしな点にも気が付いた。疲労でちゃんと前を見ていなかったのかもしれないけれど、さっきまであんな突き当たりは見えておらず、一瞬この道の消失点から目を逸らした隙にあの扉が現れたように思えたのだ。距離感が掴みにくいデザインの廊下だから果たして実質どの程度離れているのか目測し難かったけれど、それを加味したってもっと早く気付いていてよさそうな大きさなのに。
目標が文字通り目に見えて出来たせいなのか、扉が見えてからその場所にたどり着くまでは本当にすぐだった。扉は思っていたよりも大きく、僕の身長でも余裕で屈まずに通れるほどであった。
「心の準備は出来たか?」
「もう落ちませんよね?」
「悪かったって」
「冗談です。大丈夫ですよ」
こんな軽口を叩けるほど緊張が解れていたのだろうか。それとも緊張が度を越して、柄にもない軽口を叩かせたのか。いずれにしろ運転手は僕の顔色を見ると頬の端に微笑みを浮かべて、扉の横の壁を押した。動きの見た目にはインターホンを鳴らしたようであったが、特にそういったものがあったわけではない。一見堅そうだった壁が指先で触れた部分だけグヌリと押し入る様子に驚くと、いちいち反応するんじゃないと咎めるような目をしつつも、やはりどこか面白そうにニヤニヤしながら一瞥された。
『はい』
ややあって聞こえたのは、無機質に響くが機械音声ではない生身の声だった。
「こんにちは、お久しぶりです」
『用件を』
「引き継ぎです」
『了解』
どこから声がしているのかと僕がきょろきょろしている間も、運転手は扉から目を逸らさなかった。確かに声はそちらではなく、上や後ろから聞こえたと思ったのに。了解の合図と共に彼は扉の右側についたドアノブを押し下げ、いかにも重そうにそれを手前へ引いた。
「こんにちは」
扉の先にはさっき聞いた声をした、小柄な一人が立っていた。見上げる瞳と視線が被り、あわてて会釈をすると、さっきより優しく人間らしい声を投げられた。
「どうぞ中へ、お二人とも」