2 はじめまして
草の上に降り立った途端、車内では感じなかった青々しい匂いが鼻いっぱいに入ってきた。汗ばみだした手のひらを拭う。この汗は暑さのせい、だけじゃない。
振り返り、今まで来た道を見遣ると、ちょうどタイヤ痕の辺りだけは草が避けるように生えていた。何度もここを通った証拠かもしれない。前方に目を向けたらこの道らしきものは続いていて、来た道にあるのとよく似た2列の跡がまだ先へ延びていた。
「見失わないように付いて来い」
言って運転手は唯一ある道らしい道から外れ、ガサガサと音を立てながら脇の草木の中へ入っていった。慌てて追いかけるけれど、なんせ獣道とも言い難い木々の合間を縫っているから、こういった所を歩き慣れていない僕はなかなか追い付けない。
見失ったら……このままここで野垂れ死には嫌だなぁ。
ようやく追い付いたと思えば、運転手はとても小さな小屋のようなものの前で待ってくれていた。
「遅い」
「…すいません」
「まさかと思うが、忘れ物はないよな?」
「それは大丈夫だと思います」
「よし、じゃあ入るぞ」
「え」
「どうした」
「この小屋ですか」
「そうだ」
「これ、僕一人すら入れるか不安なんですが…」
あぁ、と口角を上げて、しゃがんだ運転手はその犬小屋サイズのドアノブを回した。
「ここ、入り口だから」
蝶番を軋ませながら開けてくれた扉。
「…わぁ」
ニヒルな笑みに促され恐る恐るその中へ上半身を入れると、奈落にでも繋がっているんじゃ、と思わせる縦穴があるだけだった。むしろ、この四角く舗装された縦穴に合わせてこの小屋があると言った方がしっくりくる。大人一人が座れる程度の狭さだ。まぁ、降りるに苦労しないほどの幅はあるけれど。ただ…
「それで…」
ただ、どうして、梯子のようなものすら無いんだろう。
「どうやって降りるんですか?」
片膝を着いて荷物を背負い、扉の縁に手をかけた体勢そのまま、振り返った。僕のバカ。彼の上がりっぱなしの口角から、どこかやんちゃな空気は感じていたのに。
「『降りれば』分かる」
でも仕方ないか。予想出来る範疇を越えているもの。
「へっ…」
突き落とされるなんて。