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7. 真綿で首を締める 〈2〉

「いっ、いってぇよぉお。助けてくれえ」


 その日も緊急呼び出しを受けて、怪我人がいるという現場にやってきていた。

 うめきをあげるのは一人ではなかった。三人もの男性が倒れている。


 ここは王宮魔術部に隣接する王宮図書園だ。図書園の天井は高い造りになっていて、二階建て分以上の高さがある。本の陽焼ひやけを考慮してか低い位置に窓はなく、天井の近くに大きな窓が設置されていた。それに加え、窓には魔力を付与させ遮熱にした特殊なガラスが使用されているとも聞いたことがある。

 そんな高所に接地された窓ガラスの手前には、人ふたり分ほどの狭い足場がささやかに取り付けられている。普段は立ち入らない、建物の修理等の際にしか使わないものであろう。

 そしてまさに倒れている男性三人は、その足場にて窓の修理をしていたという。

 男性らは体中から出血させて全身を赤く染めていた。私はさっと血の気を引かせ、その怪我人達の傍へと駆け寄った。


「何があったんですか」

 彼らの外傷部位を観察しながら、私の後ろで不安そうに立っているまだ年若い男性司書に尋ねた。

「窓が……窓の張替えをしてもらっていたら、音がして、駆けつけたら窓が割れていて」


 窓ガラスだけが単に割れるだけで、こんなにも深い外傷を負う……?多くは浅い切り傷のようだが、所々の外傷は深くまで達している。

 私は吹き抜ける風と周りに散らばるガラスに眉を顰めたが、治癒への専念を急いだ。


 重症度を見極めて順に治癒にとりかかる。一人一人は魔力はそう要さないが、早く治癒を行わなければ生死にかかわるかもしれない。


「痛い……くそっ……爆発した……」

「爆発?」

 治癒中に三人の中で一番年配とみられる男性が不穏な言葉を発したため、私は思わず聞き返した。しかし痛みにうなされているらしく、私の声は届かないようだ。再び呻くのみで何も分からなかった。


 到着してから5分ほどで、なんとかすべての人の止血と増血を果たした。早く呼んでもらえて、場所も遠くなくて、本当に良かった。


「君……ありがとう。ありがとう」

 まだ混濁する意識の中で、その怪我人だった内の一人が私にお礼を言っている。

「今は、何も言わず休んでください。横になれる場所に運んでもらいますから」

 治癒は問題なく施せたが、彼らは失った血が多い。増血は十分でないため暫く休養室で横になっていてもらい、後は医療部に任せるよう休養室の者に頼んだ。


 一連の対処を終えた私は、まだ落ち着かない興奮をなだめながら仕事場へ戻ろうと足を運んだ。

 こんな風に助けることができたとき、治癒の力を持っていて良かった、この仕事についていて良かったと心から思う。


 "――――その治癒方法は__リスクがある__俺は君に、そんな危険なことして欲しくない――"


 ……ふと、何故かフィオ様の言葉を思い出した。急速にはやっていた心がしぼんでいく。


 私は頭を振って打ち消した。


 ◇


「セラ・エンディライト。お疲れ。なかなかその様子だと大事だったみたいだけれど、助けられたようね?」


 仕事場へと戻り、机上の仕事を再開してもう一時間ほどたっていただろう。声をかけてきたのは所長であった。私が戻ってきたときは所長は席を外していたのだったと思い出す。所長は今しがた戻ってくるなり声をかけてくれたようだ。

 しかし、"その様子だと"って……私、そんな悦に浸った顔をずっとしていたのだろうか。私は慌てて顔を引き締めるよう意識した。


「はい。怪我人はもう問題なく。たいへんな出血だったのですが」

「へぇ。原因は?」

「それが――あ、そういえば何だかおかしかったんです」

「というと?」

「どうやら窓ガラスを新しいものに取り換えようとしてたところで、ガラスが割れたみたいなんですが。大きなガラスとはいえ、ガラスで切ったとは思えない傷……何というか、えぐれたような深い傷だったんです。それに……一人が"爆発した"ってうなされながらこぼしていて」

「なるほど。まぁ、そうね。私からも可能か分からないけれど状況を確認してみるわ」

「ありがとうございます」

 きっと怪我した彼らが目を覚ませば、何が起こったのかはっきりするだろう。


「ところで、セラ。貴方の兄貴分がまたイラついているのだけれど。その原因の一部は貴方のようだから、責任とってどうにかしなさい。そろそろ仕事にも支障をきたし始めてるから」

 きょとんとした私を一瞥して所長は立ち去った。


 首をかしげながら、兄貴分とは間違いなく彼のことであろうと、我が従兄弟殿が居る方へと顔を向けた。

 すると、どうやらレイも丁度私に目を向けていたらしく、ばっちりと彼と目が合ってしまい少しまごついた。

 しかしながら彼の表情が硬いことは明らかだ。どうやら所長の言っていることは本当らしいと判断した私は彼の元へ近づいた。


「レイ。ねぇ、ごめん、私なにかした?」

 なんで、また機嫌を悪くしてしまったのだろう。いや、この前の不機嫌な理由と関わりがあるならば、早いところ全てをはっきりさせたい。

「仕事後聞こうと思ってたんだが、……噂は、本当か?」

 問いに対する答えではなく、問いで返され面食らう。

「なに?噂って?」

「お前がフィオ・クローゼムと何度も逢瀬を重ねてるってな」

 レイは早口で言った。早口のせいか内容のせいか、意味を飲み込むのに少し間を要した。

「なっなに、逢瀬って」

「本当か?」

「いやいや、逢瀬って。私は単に友人として会ってただけだから!」

 はぁーーっと、どでかいため息をつかれて、私はぽかんと立ち尽くす。

「セラ」

「な、なに」

「できればこんなこと言いたくはないんだが、……あいつは、危険だ。近付くのはやめろ」

「あいつって、フィオ様のこと?」

 ファーストネームで呼んでしてしまい、少ししまったと思った。しかしレイは苦い顔をしただけで、そこには言及してこなかった。

「……そうだ。」

「危険って?なんで――」


「セラ。…………頼むから」

 彼の表情は不機嫌なものから懇願するようなものに変わっていてはっとする。

 その真剣な表情に狼狽した私は何も言えなかった。レイも何も言わず私をまっすぐ見つめている。

 しかし2人の沈黙は割って入った声によりすぐに破られた。


「エンディライト……!い、今連絡があって」

 同僚に突如声をかけられ、振り向く。気まずい沈黙から脱せたことに安堵したのも一瞬のことだった。なにやら同僚の顔が強張こわばっている。

「連絡?」

「落ち着いて聞いてくれ。お前が、さっき治癒した者が――」

 不穏な気配に、無意識に息を止めていた。


「全員……死んだと」


 後頭部を思い切り殴られたような衝撃が私をおそった。


 ◆


 治癒後彼らを運んだ休養室まで、休むことなく走った。休養室の入り口の前には、見張りらしき男性が立っており、先ほどと違い重苦しい雰囲気が漂っている。私は息を整えもせず入り口へと近づいた。


「ここは今、王宮医療部の管轄下にある。調査中だ。関係者以外は立ち寄れない」


 見張りの男性がそう重苦しく言って、入り口を立ちふさいだ。

 王宮医療部――その名の通り、王宮内で治療に携わる。私は魔術をもってして治癒を行っているが、彼らは人体の知識をもってして従事している。知識をもつ故、生けるものだけではなく、……死んだものの調査にもあたるという。


「私、ここに運ばれた彼らに治癒を施した魔術師です」

「……なるほどお前さんが。だがな、悪いが通せない。持ち場に帰ってくれ」

「どうしてですか。……確かに治癒したのに。納得がいきません。なにがあったんですか」

 食い下がる私に見張りの男は目を細めた。

「何もないのに、全員死んだんだ。」

「なに……?」

「お前さんが治癒とやらの魔術を使った後に何事もなく、死んだ。はっきり言ってお前さんは疑わしい存在だ。だから通せない。……本当に施したのは治癒か?」

 頭が、真っ白になる。

「セラ。とりあえず戻るぞ。しっかりしろ、オレは分かってるから」

 声をかけられてレイが付いてきてくれていたことをようやく知る。しかし言葉は出ないし、足も動かない。

 呆然としている所に追い討ちのように、体を粟立あわだたせるまとわりつくような声が降ってきた。


「おやおやー?癒しの術を目にしようと足を運んでみれば、あるのはしかばねとは。一体どうなってるのやら?」


「ビ、ビレー様!直々(じきじき)いらっしゃるなんて。足を運んでいただくまでもありません、今はすでに医療部の我々、貴方様の僚属りょうぞくが調査しておりますが」

「いいんだよ。三人も死んだんだ、私も気になるじゃないか?」

 ビレー……有名な名だ。間違いない、王宮医療部の長だ。魔術師嫌いだということは会ったことのなかった私も知っているほどである。


 医療部の長は、私に視線を定めると、嗜虐的な笑みを浮かべたのち再び口を開いた。

「癒しと頽廃たいはいは表裏一体かね?魔術師どの」

「……どういう意味ですか?」

「セラ、今は耐えろ。何も言うな。」

 レイが小声で私に耳打ちした。


「そのままの意味だよ」

 休養室の方を流し見した上で彼は続ける。

「これだから魔術師はねぇ。全てが自分の手の中と思ったら大間違いなのだよ」


 私の腕を掴むレイの力が強い。大丈夫、分かってる。

「…………魔術師だからこそ、自分のままならなさをより痛感してる面持ちです。……失礼いたします」


 震える声でそう告げると、レイに腕を引かれてその場を後にした。


「セラ偉い、よく耐えたな」

「レイ、ごめん。ありがとう」

「今は何も言うな。ここのところ王宮全体がおかしい。セラ、お前、よく分からんが巻き込まれてるんだよ」

 おかしいとは?戴剣式の事件のことがふとよぎった。


「わたし……」

「大丈夫だ。お前は俺が守るから。安心してろ」

 優しい従兄弟のことば。小さい頃から、嫌なことがあれば話を聞いて慰めてもらって、時に代わりに怒ってくれた。

 あんなことを言われて、あからさまな敵意を向けられて、こわい。何もやましいことが無いからこそ、おそろしい。逃げて隠れておきたい。

 ……でも、それ以上に思うのは、助けた筈だった彼らのことだ。

 ありがとうって苦しい中感謝してくれた。私はそれに応えられなかった?

 それでいいの?


 レイにもたれるようにしながら運んでいた足をぴたりと止めた。レイも立ち止まり気遣うように私を伺う。

 私は俯いていた顔をあげた。


「わたし、嫌だ。このままは嫌」

「セラ?」

「彼らはなんで死んだの。それを知らなきゃいけない。自分のせいだろうが違うかろうが」


 私は前を見据えて再び歩きだした。しかし、さっき歩いていた方向とは逆の、来た道を戻ろうとしてだ。


「セラ……!待て!」

「レイは先に戻ってて、私一人で大丈夫だから」

「セラ!分かったからお前の決意は!ただな、今は相手が悪すぎる。ビレーは魔術師嫌いの上に、お前は治癒力を持っていて医療部の目の上のたんこぶなんだよ。標的にされるのが目に見えてる」

「……ねぇ、レイ。守ってくれなくていい。だけどお願い、……協力して。守るよりもきっと骨が折れることだと思うけど。私は、真相を突き止めたいの」


「あーもう!おまえなぁ!」

 レイは投げやりにそう言って、ガシガシと頭を掻き毟った

「レイ?」

「わかったよ!俺も一緒に行くから!でもいいか?どんな嫌味言われても冷静でいろよ。俺がサポートするから暴走するなよな」

「……ありがとう」


 この心優しい従兄弟殿に、心から感謝せずにはいられなかった。


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