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6. 真綿で首を締める 〈1〉

 それからというもの、私はフィオ様と頻繁に会うこととなっていた。それも5日と空けぬペースでだ。マメなことに、会う度に彼から次の会う約束を取り付けられる。私たちの話を誰かに聞かれては困るので、会うのは彼の自宅だ。呪いを解くことが目的の約束だったが、一緒に食事をしたり、他愛もない話をしたりもする。そろそろ友人関係と称しても許されるんじゃないかと思う。


 気付けば戴剣式の日から二週間近くが経とうとしていた。毒入りワイン事件の話題も下火になってきている。真相は突き止められておらず、容疑者の令嬢も行方知ゆくえしれずのままらしい。

「調べた結果、毒が入ってたのはワイン一瓶だけだったと。つまり、ワイングラスに毒が入ってたのは全員じゃなかったらしい」

 毒入りワイン事件の調査チームの一員として少し携わっているレイが、こっそりと私に教えてくれた。レイの機嫌が悪かったのは二日程だけで、不機嫌の原因はうやむやなものの、今は元の態度に戻ってくれている。

「じゃあ、私は運が悪かったってこと?」

 いや、私のグラスに入っていたから毒を周知できたことを考えると、運が良かったと言うべきか。

「毒入りにすり替えられたワインは、用意されていたワインの中でも品等グレードの高いものだった。そのワインは、およそ王族や上役のお偉いさんたちに回るようにあてがわれたものだ」

 なんと。お偉方に絞って狙ったのか。私は檀上の近くにいたため偶然にも毒入りのワインが回ってきたのだろう。

「でもさ、そんな暗殺みたいなこと、一介のご令嬢がするかな」

 聞こえてくる噂では、うら若きご令嬢が犯人とされている。もしそれが真実なら、一体どうして彼女はそんな渦中かちゅうに身を置くに至ったのか。

「さあな。というか、お前だって容疑者の一人だったんだぞ?」

「えっ」

「現時点では容疑者からほぼ外れていると思うがな。……しばらくはあんまり不用意に目立つことするなよ」

 じゃあなにか?私は毒を入れておきながらそれを飲む前に止めて、お偉方に恩を着せようとした疑いがかかっていたのだろうか。

 もちろんあらゆる視点から真相を探る必要があるだろうし、事件の現場であれだけ目立ったのだから容疑者の候補に入っても仕方ないとは思う。けれど、フィオ様も私が容疑者の一人とだったということは知っているのだろうか?彼に少しでも疑惑をもたれるのは、なんだかとても嫌だ。私だけ彼の呪いが効かない今は、期待に応える存在でありたいし、……期待してほしい。

 そこまで考えてはっとした。なんて傲慢なことを考えているんだ私は。そもそも、呪いを解こうという気持ちは高まるばかりで、一向に解決の糸口が見えていないではないか。

「おいセラ。なんかすごいブサイクな顔してるけど大丈夫か」

「ねえ、レイ。ちょっと教えて欲しいんだけど」

 彼の悪口も耳に入らず、私は彼に顔を向けた。

「教えて欲しいこと?なんだよ」

「‟呪術”って、レイは詳しい?」

 私が第一に悩んでいるのは、‟呪い”って本当にそもそもあるの?ってことだ。噂とか昔話では、魔術の一つであるといわれる‟呪術”という言葉が良くでてくるけれど、今まで会った魔術師で呪術が使えますっていう人はいなかった。

 レイは魔力を細分化して解析したり、道具に付与したりすることに長けている。いわばエンジニア魔術師だ。だから、毒入りワイン事件の解析チームにも携わっているのだろうし、魔術方面についての知識は抜きん出ている。なにかヒントを得られるかもと私は思いつきで尋ねてみた。

「呪術?」

「うん」

今日日きょうび、呪術って言い方はあんまりしねーな。」

「どういうこと?」

「魔力を使うと人に良い影響が出るように、悪い影響が出ることもあるだろ?その悪い影響が治癒できず慢性化しちまったものが、昔は呪術って言われてたわけ」

 熱を具現化できる魔術師は、人を心地よく温めることもできるけど、人に火傷やけどを負わす事もできるってことか。自然治癒できないような火傷を負わせることができたなら、それは呪術と言えるわけだ。

「なるほど。えーとじゃあ、呪術――その悪い影響ってのを取り除くにはどうしたらいいの?」

 気になるまま口にすると、レイに変な顔をされた

「それ、お前が言うか?」

「へ?…………あ」

 火傷を治すには。私の治癒力はそれができるではないか。

「私の魔力?」

「はぁ。てゆーか、なんで急に呪いなんてたぐいの話がでてくんだよ?」

「えっえーと、小説にでてきて気になったの」

「……ふーん」

 嘘をつくのは心苦しいが、フィオ様の立ち入った事情を安易に話せない。そもそもフィオ様からも他言無用と口止めされているのだ。

「ありがとう、レイ。すごく助かったよ!」

 つまり、フィオ様の呪いを、魔力がもたらした"呪術”と仮定すると、彼は誰かに悪い影響を及ぼす魔力をかけられたわけだ。それが治癒することなく彼の中で影響を及ぼし続けているってことになる。


 6. 真綿で首を締める


「というわけで、フィオ様いいでしょうか?」


 打開の道を見つけたかもしれないと嬉々とする私に対して、フィオ様は何故か眉間にしわを寄せた。


「セラ、君なりに考えてくれてありがたいんだが、却下だ」

「えっな、なんでですか」

 私が考えたのは、私の魔力をフィオ様に注ぐという原点回帰なものだ。治癒の時にすでに施したことだが、更に注ぐことで呪いが薄れていくかもしれない。それがレイの話から考え出した結論だ。

 効果がなかったとしても、やってみて損はないだろう。拒否する理由が分からない。

「前にも言っただろう。誰かに呪術のたぐいをかけられたおぼえもないと」

「もしかしたら気付かない内にっていうことがあるかもしれないじゃないですか……」

 納得できず、おそるおそる反論してみる。


「君だってまた魔力が底をついたら困るだろう?仕事させてもらえなくて不貞腐ふてくされてたくせに」

「不貞腐れてません!というか心配無用です!私明日は非番なんです。思う存分今日は魔力を使えますよ」

 彼は遠くを見るようにして小さく息をついた。


「……分かったよ。ただし期待しないでくれよ」

 期待しないでって、私のセリフのはずなのに。あまりにも嬉々と意気込んでたから逆にプレッシャー感じさせちゃった?

「えっと、フィオ様。私の魔力は注ぐと結構疲れとかも取れるみたいなんです。だから、今から行う名目はフィオ様の仕事の疲れを癒すってことで。ついでに、呪いを薄める効果があればいいなーって位で、……いいですか?」

 うわ。今の物言い、ちょっと私何様って感じだったかも。

「すみませ――」

 慌てて訂正しようとした瞬間、フィオ様が手をぽんと私の頭に置いた。

「セラには敵わないな」


 ……ちょっと赤くなってしまったことに彼が気付かなかったと願う。



「じゃあ、手を貸していただいても?」

 彼と握手するポジションをとり準備完了。

「じゃあ、いきますね」

「ああ」

 繋いでいる右手へ、自分の魔力を集中させる。ある程度集まってきたら、彼の方へ流し込んでいく。

 目をつむって集中しよう。ここからが重要。流した分だけ今度は彼の魔力を取り込んでいく。そして、彼のほころびを知るため、彼の魔力を解析して――。


「痛っ」


 何が起こったのか、今しがたまで目を閉じていた私は理解するまで時間を要した。

 彼の魔力を解析し始めようとしたその時、物理的な衝撃を受け、私は今、座っていたソファから転がり落ちている。


 その物理的な衝撃の正体は、彼に目を向けて、なんとなく把握した。

 彼はソファの上で、両手で何かを押し出したような体勢で固まっていた。


 お互い驚いたような表情。


「……セラ、大丈夫か?」

 彼はなんだか蒼白になって、そう尋ねてきた。

 いや、貴方がそれ言いますか? おそらく……いや間違いなく、フィオ様が私を突き飛ばしましたよね!?


「平気ですけど、なんでいきなり突き飛ばしたんですか」

 恨みがましく言ってしまったのは許容されてしかるべきだ。


「本当になんともないのか!?」

 固まっていたかと思うと急に距離を詰めてきて、両手で肩を掴まれた。

「急に突き飛ばされてびっくりはしましたけど、ケガはないですよ安心してください。でもなんで」

 彼は安心したように息を吐いてから、私の問いに答えた。

「君が急に、俺の魔力を取り込もうとするから」

「えっ?ええと、それで私を突き飛ばしたんですか? そう多く取り込もうとは思ってなかったんですが、説明しなくてすみません。フィオ様は魔力が多いから少し頂いても支障ないと思っていました」

 魔術師でもないし、魔力を使うこともないって勝手に判断していた。魔力活用しているのかな。そういえば、彼の魔力は何かに特化はしているのだろうか。


「ちょっと待て。そういう問題じゃない。君は他人の魔力を安易に吸収するなんて、…………もし君の体に合わなかったりしたらどうするんだ」

 予想外の言葉にきょとんとする。

「もしかしたら、君を害する魔力の可能性だってあるだろう。一体なんのためにそんな危険なことを」

「ちょ、ちょっと待ってください!叱る前に私の言い分も聞いてください! あのですね。私の治癒の特性といいましょうか、治癒力を込めた魔力を対象に流し込むと、その分だけ勝手に対象の魔力が私にかえってくるんです。対象が魔力を持ってなかったら還ってこないし、魔力が少なければ還ってくる量も少ないですけどね。それでですね、それをかして、効率的に治癒できるように、私は人の魔力からその人の障害となっているものを解析する応用技を得てます」

 解析で分かるのは、障害の有無や程度といった曖昧なものだけなので、すごく使えるわけではないが。

 ちらりと彼の反応を確認すると、依然として「それでも危険だ」と言いそうな様子であったため私は続けた。

「それから、私に還ってくる相手の魔力は、組立プログラミングしてないまっさらな魔力なので、攻撃性などを組立プログラミングした魔力が還ってくる可能性はないので安心してください」

 熱性の特化をもつ魔力だって、熱さを組立プログラミングしていなければ、なんの温度も感じない。

 そもそも、ほとんどの人が魔力を多かれ少なかれ持っている。いかに何かに特化していてそれを思い通りに組み立てられるかどうかで魔術師の適性の有無が決まるのだ。魔術師以外のたいていの人は魔力を持っていても、何にも特化していない活用できない魔力だったり、組立プログラミングする適応がなかったりする。


「……だとしてもだ、他人の魔力を取り込んで君の体に合わない可能性はゼロじゃないだろう。今まで合わなかったことが無かったからって、容易にすべきではない。俺の魔力も、そういった可能性がある限り取り込むな」

 これだけ言ってもなお納得がいかないらしい。……確かに理論上、リスクはゼロではないだろうけども。

「フィオ様。そう言われても。今だって少しは取り込んじゃいましたし」

「な」

「そもそも、私、この前フィオ様を治癒した時に膨大な量を吸収しました。だから、合わないとかそういったことはないって確証済みなんですよ」

 そう言い切った私を見つめたまま暫く固まったかと思うと、彼はいきなり脱力し、やってられんとばかりにそのまま床へと横たわった。

「フィオ様?」

「……少しほっといてくれ。なんだか凄く疲れた」

 まるで、我儘な子供との会話に振り回されて疲れたみたいな物言いだ。私は内心むっとしたし、なにより、先ほど少しとはいえ治癒力を使ったのに「凄く疲れた」発言をされたことに納得がいかなかった。ていうか悔しい。私の王宮魔術師の沽券に関わる。

 私はそっと彼の背中をさすった。わずかに彼の身体が揺れたが、されるままだ。そしてそのまま私の魔力を投じていく。



「……疲れ取れました?」

 ゆっくりと、だが、ありったけの魔力を彼へもたらした。これで疲れたままなら私の王宮魔術師としてのプライドズタズタである。

 彼は顔をあげた。しかし私とは目を合わせないし表情もなんだか難しい顔をしている。もしかして効いてないのだろうかと不安になった。


「ああ。礼をいう。疲れもなにもなくなった」

「フィオ様……そんな顔で言われても嘘くさいです」

「嘘じゃない。気を緩めると……にやけてしまいそうだからこんな顔なんだ」

「見え透いた嘘すぎますよ!…………もしかしてフィオ様には私の治癒力効きにくいのかな。いや、毒はちゃんと治せたよね」

 焦った私は慌てて独りごちながら思考をはたらかせた。

「待て待て。本当だ。本当に疲れは取れた、体が軽い!」

「……本当ですか?」

「ああ」

 あいも変わらず難しい顔をしているが、その目に虚偽は映っていない――と思う。


「分かりました。……あと、あの、……フィオ様の魔力の解析もさせてもらったんですが。すみません、障害されてると思しき箇所は感じ取れませんでした」

 念入りに再解析したのだが、彼の体は何物にも障害されていない。やっぱり彼の言うとおり、呪術をかけられてはいなかった……?それとも私の解析が未熟なのか。

 まあ、彼が誰かに会ってみないことには呪いが薄れたのかどうかも分からない。今は何とも言えない……結論を急ぐのは早計だろう。


「そうか。分かった。……なぁ、セラ」

「なんでしょう」

 呪いについての話だと思った私は身を少し固くした。

「君の治癒の力は凄い。俺も命を救われた。でも、やっぱりその治癒の方法――相手の魔力を吸収してしまうのは、リスクがあると思う。治癒する相手がよく知らない者だった場合はなおのことだ。……俺は君に、そんな危険なことして欲しくない」

 予想とは違う話に拍子抜けしたが、徐々に言われている内容に戸惑いを強くした。


「あの、心配してくださってありがとうございます。でも、それが私の仕事ですし、この力だけが私の取り柄ですから」

「……ああ。困らせることを言ってすまなかった」


 心配してくれてるのは嫌という程伝わってきた。しかし今の私には、はっきり言ってそうそこまで心配する理由が分からなかった。

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