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5. 蛇に見込まれた蛙

◆前話までのあらすじ◆

治癒を得意とするセラは、雲の上の存在のフィオ・クローゼムの命を救った。

しかしどうやら彼は自ら死を望んでいたらしい。それに気付いたセラは、彼のことが酷く気がかりになってしまう。

気になっていた所に彼と再会し、話を聞いてほしいと頼まれた。セラは二つ返事で了承したのだが……。

「あの、それで話ってなんでしょうか?」

 私の声はうわずっていた。


 相談を聞く気満々だった先刻(さっき)の私はどこへやら。今の私にはそんな余裕などなくなってしまっていた。

 現在私が居る場所はなんと、宰相補佐さまのお宅である。


 相談にのることを了承したものの、クローゼム様にはまだ仕事があったため、すぐに話を聞くわけにはいかず。彼の提案から、仕事後に改めて会おうということになった。

 約束の時間にクローゼム様と落ち合い、何も考えずに付いていくと辿り着いた先は彼の自宅。私は当然おののいた。しかしながら、土壇場どたんばで嫌ですと拒否するのも失礼だと思い、(おそ)れ多くもお邪魔させていただき今に至る。

 彼は、王宮の敷地内にある、いわば単身の上官専用の寮に住んでいるらしい。といっても私が住む寮とは大違いで建物は外観からして(きら)びやかであるし、単身と思えないほど室内は広い。

 緊張でカチコチになりながらも、早いところ話を終わらせてしまおうと私は単刀直入に話を切り出したのだった。


 5. 蛇に見込まれた蛙


「とって食いやしないから、そう固くならないでくれ」

 傍目はためからも私の緊張が分かるのだろう。彼は苦笑した。

「すみません。クローゼム様のご自宅で粗相そそうでも起こしたらと思うと緊張してしまって」

 私の言葉に彼は不服そうな顔を浮かべた。

 接していて分かったのだが、クローゼム様はけっこう表情豊かだ。誰だ、"いつでも表情を崩さない"とか言ったやつ。……まぁ、公私こうしを分けるタイプなのだろうが。

「立場とか気にしなくていい。それに、俺のことはフィオでいい。俺も君を名前で呼ばせてもらうから」

「えっ、むりです」

「セラと呼んではダメ?」

「いえ、そっちは何とでもどうぞ。クローゼム様をファーストネームで呼ぶなんて、おそれ多いです」

 なんだその目は。こっちの立場も考えてくれ。


「……まぁ、とりあえず乾杯でもしようか。セラ、ワインは飲めるか」

「はい、ありがとうございます」

 わーい。彼が持ってきたのは有名どころの上質なワインである。ラッキーとばかりに私は顔を輝かし、クローゼム様は小さく笑った。

「酒は好きなのか?」

「付き合いの際にしか口にしませんが好きです。あまり強くないんですけどね」

「へぇ。そういえば君はいくつなんだ」

「19歳です。幼く見られますが、れっきとして飲める年ですよ」

 この国において、年齢で飲酒が禁止されることはないが、慣習として18才未満が口にするのはこころよく思われない。

「そうか。やっぱり若いな」

「そうですか?クローゼム様だって若いでしょう」

「26だが。君とは7も違うだろ」

 そうは思わず、私は首を少し傾けた。

「7才しか(・・)ですよ。王宮内にいる人って、ほとんどがもっともっと年上です」

「じゃあ、セラ。君は俺とへだたりなく親しくなれそうってこと?」

「えっ」

 彼を見ると、私を探るような目でいて、ニコリともしていない。からかっているとかではないのだろう。何と答えるのが正しいのか分からなかった私は視線を彼から外し、握ったグラスを凝視してみるほか出来なかった。


「……セラ。俺を救ってくれて、ありがとう。君に心から感謝を」

 彼はそう言いながらグラス同士を軽く当て、小さな音を響かせた。真摯しんしな感謝の言葉であるが、私は素直に受け止めることが出来なかった。

「勿体無いお言葉です。…………あの、でも、私のしたことにクローゼム様は本当に良かったとお思いですか?」

 せっかく宰相補佐さまが(いち)魔術師に改まって感謝を示して下さっているのに、私は空気を読まず、ずっと気になっていた言葉を投げかけた。

 わずかだが目を見開いた彼に私は身を固くしたが、やがて彼は微笑んで答えてくれた。

「君への感謝に偽りはない。……セラ、話を聞いてくれるか?」

「はい」

 私に余裕が無いのは変わらずだったが、私は躊躇(ためら)いなく肯定した。



「俺には、呪いがある」


 予想していなかったワードにうまく反応できず、私は一瞬息をすることも忘れた。


「いや、呪いと言ったら語弊ごへいがあるか。俺が13の、あくる日に突如とつじょ体に変化が起きた。原因は定かでない。――俺は、自分以外の全ての人間に『憎悪』が生じるようになった。なんの理由もなく、ただ顔を合わせるだけでだ。知り合いだろうが初対面だろうが関係はない。必死で理性をはたらかせても憎しみは生じてしまう。……誰かに呪術などのたぐいをかけられた覚えもないが、俺にとって、この体質は呪いという以外に表現できない」


「………………な、……それは、いったい」

 私は、思いもよらなかった話を必死で噛み砕く。冷静を崩さぬよう努めなければと無意識に思いつつも、自分の理解のキャパシティーを超える内容に私は動揺していた。


「その呪いが始まってから、俺は誰とも深い関わりを持てなくなった。無条件に、自制できぬ憎悪が、わき上がるから」


 ――苦痛の毎日だった。最後に彼はそうぽつりと呟いた。私は何も言えず、しばらく沈黙が私達ふたりを支配した。


 嘘――そんなことってある?……でも彼にそんな嘘をつくメリットはない。

 それに――。

 私は戴剣式で見た彼の表情を思い出す。

 ……だからあんな表情を。そして、偶然手にした毒入りのワインを躊躇(ためら)いなくあおるに至った?――苦痛の日々につかれはてて。


「あの、クローゼム様。すみません、話を飲み込むのに時間をかけてしまって」

「いいや、急に話したんだ、当然だろう」

「聞いてもいいですか?」

「ああ」

「質問が不愉快なものでしたらすみません。本当にその呪いの原因……思い当たる切欠(きっかけ)もないのですか」

「……ああ」

 彼は目線を下にらしてから短く返答した。

 彼自身、原因を突き止めようと数え切れぬほど考えたに決まっている。私は申し訳ない気持ちで一杯になった。

「あの、すみません、あと一つ。……私と話をしていて苦痛なのは大丈夫ですか」

 その呪いをもってしても宰相補佐までのぼりつめたのだ。表面上には決して憎悪を表さずに。一度は折れかけたとはいえ尋常じゃない精神力を持っているはずだ。だから「耐えるのは慣れている、気にするな」という返答をどこかで予測していた。ところが彼は私をまっすぐ見詰めて、予測外の言葉をつむいだのだった。


「苦痛は無い。セラ、君だけには、どういうわけか憎悪がわかない。君だけに呪いが作動しない」

 それを聞いた私はとうとう理解が追いつかず、口を中途半端に開けたままの、それは間抜けな顔をさらしていたに違いない。


「こんなことは初めてなんだ。だから、初めて君と話をしたとき、君を天使か幻だと思った。でも俺は生きていて。君には確かな温もりがあった。……昨夜君と離れたあとは死ぬほど不安だった。次会った時にはやっぱり君に憎悪するんじゃないかと。でもそれも杞憂きゆうだった。君には憎悪はわかないし、君だけには俺は普通に接することができる」

 性急に告げられる言葉は、私の反応も待たずして重ねられていった。そこから、どんなに彼が私に必死で話してのか伝わってくる。


「君の存在にどれだけ救われたか。……セラ、お願いだ。俺を拒絶しないでくれ」



「でも、……でも、なんで私だけ」

 今の私には、そう口にするだけでいっぱいいっぱいであった。

「分からない。ただ、君の魔力が関係しているんじゃないかと俺は考えている」

「あ、……治癒力?」

 確かに私のこの癒しの力と、クローゼム様の憎悪の呪い、相性最悪そうではある。

「クローゼム様の治癒をしたことが、なにか繋がりになるのでしょうか?そうなると、治癒をする前は、私に憎悪が生じていたかどうか知りたいです」

 治癒を施す前で、彼が私を認知したときといえば――。

「君がワインに毒が入ってると触れ回った時か。すまないが何ともいえないな。あの時は君自体へ思考を巡らせたわけじゃないから」

 なるほど、そうか。となると不確定なことばかりになるな。


「現状から私が推測できるのは二つですね。あくまで突発的な推測の域をでませんが。……一つ目は、最初から私は呪いの干渉を受けていないというものです。その場合の理由としては、呪いと私の魔力の相性が悪いため、とかでしょうか。もう一つ考えられるのは、元は私も憎悪対象の範囲だったというものです。クローゼム様を治癒した時に、私の魔力を貴方へ多量に吸収させました。それによって貴方の身体の中で何らかの反応が生じて、私だけ呪いの適応外となったとか。うーん、今思いつく理由はこんなところでしょうか?」

 彼を見遣ると不思議そうな顔をして私を見ていた。

「……なんですか?」

「いや、なかなか飲み込みが早いというか、意外に頭がよく回るものだと思って」

 それって、もしかしなくともバカにしてますよね? 予想よりは、おバカじゃなくて驚いたと。……確かに私は頭の良さで王宮に採用されたとかじゃないけどさ。


「……そういえば、治癒後、"私以外の人”への感じ方に、少しでも変化はなかったんですか」

 無くなるまではいかずとも、憎悪の程度が弱まるとか。

「ああ。俺も一瞬期待したが。君以外の人間に会って、すぐに変わらずだと悟ったよ」

 昨夜、彼が第三皇子と話しているときの様子を思い出して私は納得した。

「もう期待はしていない」

 自嘲する彼を見て、私の中でむくむくと何かが湧き上がるのを止められなかった。

 彼はずっと、一人で苦しんできたのだ。誰にも相談すらできずに。打開の希望もなく。

 湧き上がった何かがとうとう自分の中で爆発したかのような感覚をおぼえ、その瞬間、私は決意した。


「あの。クローゼム様」

「ん?」

「私はクローゼム様を決して拒絶しませんから」

「…………っ、セラ、きみは」

「――私は、クローゼム様にとって、やっと現れた呪いを解くカギなんでしょう?」

「……は?」

 いいんです。その気持ちはしかと分かります、みなまで言うな。

「私は決して呪いを解くことを諦めません!一緒に原因解明をがんばりましょう!」


 私は握りこぶしをつくり、決意表明した。

 ここに立場を超えた熱い友情が――と思いきや、熱くなっていたのはどうやら私だけで、彼はうつむき片手で顔を覆った。眉間にしわを寄せ、何やら静かに悶えている?

 あ、なんだやっぱり、私の宣誓に感動されていらっしゃるのかな。


「あの、クローゼム様?」

 声をかけてみると、ゆらりとこちらに顔を向けた彼は、不敵な笑みを浮かべた。


「……クローゼムじゃない、フィオだ」


 えええ。ここで、また呼び方について?……し、しつこい。

「クローゼム様、あのですね」

「フィオだ」

「く、クローゼムさん、とか?」

「フィオ」

「く、」

 ギロリと睨まれ、半ばやけくそでファーストネームを呼んだ。

「フィオさま……っ」


「まぁ、とりあえずはそれで許そうか」

「とりあえずって」

 あわあわしている私に向けてフィオ様はすっと手を差し出した。


「よろしく、セラ。……ありがとう」


 その時の彼は、私が見た中で一番嬉しそうに笑んでいたものだから、聞き捨てならない言葉も忘れて、私はおずおずと微笑み返した。

「こちらこそ。よろしくお願いします、フィオ様」


 差し出された手をおそるおそる握った。

※日本では、お酒は二十歳になってから。

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