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2. 毒を食らわば皿まで

 戴剣式たいけんしきの日。夕刻から始まる式典に合わせ、我が王宮魔術の部署では、戴剣式に参加義務のある下っは早々に仕事を切り上げさせられた。その下っ端の一人である私も、同僚らと式典の広間へ向かったのだが、私だけ広間の入り口で年配の侍女に呼び止められてしまった。

「その制服は魔術師の方ですね! 良かった、女性の方いらっしゃったんですね! 」

 歳からして中々に上の立場であろう貫禄かんろくのある侍女は、私の両肩を掴んだ。勢いに怯んだ私は、はぁ、としか言えず立ち尽くす。確かに王宮勤めは侍女を除くと女性はべらぼうに少ない。王宮魔術部でも、下っ端の中では女は私ひとりだ。

「首位騎士様へ花束贈呈をする予定だった女史が見当たらないのです! これは女性じゃなきゃならなくて……魔術師様やっていただけませんか!? 」

 侍女の目が血走っている。圧倒されつつも私は冷静に拒否を示した。

「ええと、花束贈呈ってあの、王の祝詞が終わった後に代表の騎士に渡すやつですよね。えと、そんな急に言われても、出来かねます」

 しかし侍女は引き下がりはしなかった。それどころか私を掴む力が増していく。

「花束贈呈はそれなりに身分ある若き女性でないといけないのです。侍女の皆はおそれ多くて誰も……。魔術師様なら問題ありません! ただ花束を渡すだけですから簡単なことです、どうか! 」

 結局、有無を言わさぬ侍女にずるずると引きられるようにして、私は花束贈呈の準備のため連れて行かれることとなった。

 連行される中、面白そうに笑っていたレイを恨めしい面持おももちで睨んだ。


 2. 毒を食らわば皿まで


 時間はそう無かったにもかかわらず、ドレスに着替えさせられ簡単に化粧も施されてしまった。侍女らは満足そうにしていたが、着飾ることが苦手な私は 愈々(いよいよ)無理にでも逃げ出さなかったことを後悔し始めていた。

 本来なら後ろの方でぼーっと立っていれば良かったはずが、花束贈呈のため壇上の目の前で控えていなければならない。げんなりとしながらなるべく目立たぬようすみで縮こまっていた私だったが、お偉方の有難い話がはじまって数分、ようやく落ち着きを取り戻し、壇上へ目線を――そして、興味の人へと目を向けた。

 くすみのない金色の髪に、白過ぎでもに焼け過ぎでもない血色のよい肌、眉は凛々しく隙がなく、緑の双眼はしっかりと開いている。――だが。

 (やっぱり、なんか、しんどそう)

 こんなに間近でクローゼム様を観察するのは初めてだが、やはり印象は変わらない。いや、それどころかより一層に負のオーラを感じる気がする。

 (それも、見ててなんだかこっちまで悲しくなるような感じ……)

 勝手に観察し邪推して感傷に浸られているなんて、クローゼム様にしたらいい迷惑だろうが、私は彼から目を離せなかった。

「それでは、若き騎士たちに栄誉あらんことを――」

 我に返ったのは、王の祝詞が締めくくりに入ってからだった。祝詞が終われば花束贈呈だ。

 背筋を伸ばし、緊張していることを気取られないようなるべく優雅さをつとめて代表の騎士の元へと歩いた。花束を渡して淑女らしくドレスをつまんで一礼。あぁ、後でレイにからかわれるんだろうなと嘆きつつも、問題なく任務を遂行したのだった。


 しかし予想だにしないことに、この式典で私が最も注目を浴びることとなった場面はこの時ではなかった。


 胸のざわめきが生じたのは、出席者にワインが運ばれ出してからだった。目の前のテーブルの上にグラスが配置されていく。

 美しいルビーの色。しかし私にはいやに、くどい色に映った。

「では、皆さんグラスを――」

 嫌な予感にはやった私は、いち早くグラスを手にし魔力をかざした。引き寄せられるように私の魔力はグラスの中の液体へと混ざり合っていく。

 これは――!


「全員グラスを置いてください!!」

 閑雅かんがな空間の中で発した私の大声は、容易たやすく注目を集めた。

 私は目の前の壇上を駆け上がり、お偉方に向かって再び叫んだ。

「ワインに毒が入っています! どうか決して飲まないで!!皆さんも!!」

 お偉方と壇下にも振り返って注意を呼びかける。

 流石さすがと言おうか護衛騎士は私からお偉方をはばむように立ち塞いでいたが、誰もグラスを口に持っていってはいないことは護衛らの隙間から伺えた。

 しかし安心したその刹那――視界の端でグラスが傾けられるのを捉えた私は瞠目どうもくする。


 グラスの軌道は、口元へと描かれた。


 なんで!

「待っ――」

 私の制止も虚しく、自らワイングラスを一気にあおったのは、先ほどまで興味を注いでいた人、クローゼム様だった。護衛が彼を覆い隠すようにして護っているため、隣のお偉方らや壇下の皆も、その一瞬の行動に気づかなかっただろう。壇上に上がり、お偉方と身近で向かい合っている状態であった私でも気付いたのは低い確率のことだったと思う。


「クローゼム様!!」


 なんで、なんで。

 私の言葉が疑わしくても、わざわざ毒が入ってるかもしれないワインを飲む必要がある?


 なんで、なんで。

 私が警告した時点では確かに飲む素振りはなかったのに。


 呆気あっけにとられた私は、情けないことにすぐさまクローゼム様の元へ駆け寄ることができなかった。立ち尽くしてた時間は、クローゼム様がワインを口にしてから10秒かもしれないし、1分程経っていたかもしれない。やがて苦痛そうに顔をわずかに歪めたクローゼム様はゆるりと床上に倒れた。


 彼が倒れたことによって、周囲は彼の異常事態にようやく気付き始めたが、目の前の護衛騎士含め周囲のお偉方みな狼狽ろうばいし立ちすくんでいた。倒れる音にはっとした私はクローゼム様の元へと駆け寄ろうとしたが、護衛騎士は狼狽しながらも身元定かでない私を阻んだ。

 私は肌身離さず胸元に隠し持っていた物を恥じらいもなく出し、周りに突きつけた。

 それは、王宮魔術師の紋章である。


「私は魔術師で、治癒専門です!彼は制止に間に合わず(・・・・・)ワインを飲んでしまいました! 早急に手当てをさせてください!」


 どんな毒か分からない今、一刻も早く治癒に取り掛からなくては。すぐに倒れた所を考えると速効性の強いものに違いない。

 しかし彼のもとを阻んでいる護衛は、私の言葉と紋章に迷いを見せたものの、瞬時に判断出来ず、立ち退けないようだった。

 れた私は護衛を無視して強行突破することへ思考を巡らせた。しかし私が足を踏み出す前に、助けの声は投じられた。


「彼女は、間違い無く王宮魔術師だ!彼女をフィオ・クローゼムへと通せ!」


 鶴の一声である。その声の主は、第三皇子。この前、第ニ訓練所で軽症であったにもかかわらず治癒を施すに断れなかった相手。実際のところ第三皇子自身は治癒は必要ないとの一点張りであったものの、彼の立場上、周りが治癒を行わない選択を許さなかった。あの時は、思慮を欠いた判断だったと反省したが、どうやら治癒を行っていたおかげで皇子は私を覚えていたらしい。


 取り敢えずの幸運に感謝しつつ、私はクローゼム様のそばへ駆け寄った。

 口元からのど、消化器の方へ手をかざし、魔力を与える。

 魔力を対象へと吸収させていくと、彼の魔力が、隙間を埋めるように私の体内へと還元されていく。治癒と並行して、彼の魔力を通じ状態を解析する。やや難易度が高く魔力の消費も激しくなる行為ではあるが、緊急性が高い今はそうも言っていられない。


 解析しつつ私は心中で舌打ちをした。

 (毒を浄化していっても、次から次へと毒の侵食が止まらない…!)

 毒の量が予想以上に多い。すなわち、必要なのは、高密度な魔力で一気に毒の全てを浄化すること。

 しかし、――私のこの魔量で足りる?

 一抹の不安がよぎる。彼の身体にかざす手に汗がにじんだ。

 一瞬の判断が生死を分けるのだ。彼の顔をみると、血色の良かった顔は蒼白である。しかしその一方で、こんな時にもかかわらず彼の表情はごくわずかに眉根をひそめるのみでいて、私は泣きたくなった。


 私は、一旦かざす手を退けると、彼の口元へと目を向けた。

「失礼します」

 片手で彼の下顎かがくを軽く持ち上げ固定し、私は一方的に断りを告げると、もう片方の手を彼の口内へと――突っ込んだ。

 側で誰かが息を飲むのが分かった。しかしなりふり構ってられない。

 毒は口から入ったのだ。皮膚の上から魔力を与えるよりも、入れた場所から魔力を注ぎ込む方が効率は良くなる。


 (助けたい…!)

 しかし、そんな思いを拒絶するかのように、彼の口がきつく結ばれようとする。うまく口内に自分の手を留めることが出来ず、私はどうしようもなくれた。

 そう、瞬時の判断が生死を分ける。この時、私は迷わなかった。片手に集中させた魔力を掻き消すと、自分の口内に魔力を集中させ、彼の口内へと、くらいついた。

 私の狙い通り、口同士だと接合性よく、侵入は容易たやすくゆるされた。


 ……助けたい。毒も、彼を取り巻く負の感情も、消えてしまえ。

 そう考えながら一気に魔力を体内へと放出する。ものの数秒で、私の魔量が底をつくと同時に彼の身体が浄化できたことが伝わってきた。私は彼の口から顔を離すと、安堵からかあるいは魔力消費からか全身の力が抜け、尻もちをついた。


「大丈夫、です。およそ毒は浄化できました。彼を慎重に安全な場所へ寝かせてあげてください。意識が戻ったら、水分をしっかりと補給して」

 私は振り返り、傍で固唾かたずを飲んで見守っていた皇子らにそう告げた。

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