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1. 草木揺がずは限りあり

 私、セラ・エンディライトは王宮魔術師として勤めて二年目。まだまだヒヨッコである。

 亡き父は、それは大層な魔力の量――魔量を有していたのだが、対して私はさほどの魔量には恵まれなかった。下っとはいえ運良く王宮に仕えることができた理由は、私の魔力の量ではなく、その質にあった。


「セラ、第二訓練場で怪我人だそうだ。念のためすぐ向かってくれ」

 同僚から声をかけられ、昼休憩中だった私は、食べかけのタマゴサンドを机に置き、口に残っている分をムグムグと咀嚼そしゃくしながら立ち上がった。

「ケガの詳細は?」

 慌てて外套コートを羽織りながら同僚に尋ねる。

「すまん。詳しいことも言わず回線が切れた」

「わかりました。――セラ・エンディライト、怪我人のため第二訓練場まで出ます!」

 私は同僚らに向かってそう告げると、いつものように駆け出した。


 私、セラ・エンディライトの魔力は治癒の特性に秀でている。治癒に特化しているのは割と珍しい。それが私が王宮魔術師として採用された所以ゆえんでもある。

 私の仕事は王宮魔術師という仰々(ぎょうぎょう)しい役職、というよりも王宮内の保健室とでも言った方がしっくりくるかもしれない。



cureキュア



 1. 草木揺がずは限りあり


「おう、出動から戻ってたのか。大丈夫だったか?」

 勤務時間も終わり、寮へと帰ろうと身支度をしていると、我が職場の同僚かつ、従兄弟いとこのレイが声をかけてきた。

「あー。ちょっと腕を剣で切っちゃったみたい。深くなかったし本人も平気そうだったよ」

「なんだよ、行き損か。まぁ、大事だいじじゃなくて何よりか。お前もチカラ使わずに済むのが一番だからな」

 安心したように頬をゆるめてねぎらうレイ。その言葉に少しばかりやましい所があった私は思わず視線を彼から外してしまった。さとい彼がそれを見逃すはずなく、とたんに眉根を寄せて私の前で仁王立ちになる。

「おい。なんだお前。まさか、そーんな大したことない傷に治癒力使ったんじゃないだろうな」

 一発でズバリ当てるとは。何も言い返せず私はすぐにこうべを垂れた。

「ごめんなさい。所長にも怒られました」

 分かっている。私は魔量が多くない。だからいざという重傷の時のために魔力を残しとかなければならない。自然治癒で事足りる傷で魔力を消費するのは愚策である――と、分かっていたのだが。

「……しゃーねーな。気をつけろよ。でもセラがそんな易々と治癒するなんて珍しいな。知り合いだったか?」

「ううん。ただ断れなくて。まぁ、次からはもっと厳粛に対応するよ。ありがとう」

 そう言って苦笑を向けると、気遣いにける従兄弟殿はさっと話題を変えてくれた。


「そういやもうすぐ戴剣式たいけんしきだな。オレもセラも出席必須だろうよ。……よかったな?クローゼム様を拝めるぜ?」

 ニヤリと、爽やかな顔立ちに似合わぬいやらしい笑みを浮かべてくるレイ。私は、従兄弟から"気遣いに長ける”という称号を早急に剥奪した。

「だから、違うって。クローゼム様は、好きとか憧れてるとかじゃないから。ただ興味深いってだけ」

 戴剣式たいけんしきとは、新たに王宮仕えになる騎士の御披露目おひろめセレモニーみたいなものだ。お偉いさん方と新米騎士がつどう。

 王宮勤めの中から、業務に抜けても支障のない、いわば私らのような下っ端は、戴剣式に出席しなければならないのだ。

 そして、クローゼム様というのはお偉方の一人である。若くして軍部と文部をまとめる宰相補佐だ。そんなお偉いさんと口をきいたこともない私だが、とある理由でクローゼム様に興味を持っていた。もちろんレンアイ感情とかそういうたぐいではない。それら全ての事を知った上でこの従兄弟殿は私をからかっているのである。

 慌てた様子を見せる方が、レイを面白がらせると分かっている私は胡乱うろんで彼を見遣ると静かに言葉を続けた。

「でもまぁ、まだ、あんなしんどそうにしてるのか気になるよ」

「……ふーん。なるほどね」

 レイの期待にそぐわず、私の反応がつまらなかったからか、彼は面白くなさそうに私から視線をずらし、それ以上 揶揄やゆしてくることはなかった。


 ◆


 フィオ・クローゼム様を初めて見たのも、1年前の戴剣式だった。クローゼム様は他のお偉方と一緒に舞台の端っこで静かに座っているだけだったけれど、私は戴剣式の間ずっと、クローゼム様だけが気になってしょうがなかった。

 一見、表情を少しも滲ませていない完璧に冷静な顔。しかしよく見ると、なんだか違和感がある。ひどく疲れているような、怒りを無理に鎮めているような、不安定さがひしひしと伝わってきた。簡単に一言で言えば、めっちゃしんどそう!

 まぁ、お偉いさんは多忙だしストレス溜まりそうだし、そんな印象でも不思議じゃないよね? と思う反面、一見するとあまりに完璧なそぶりであることとのアンバランスさに目が離せなかった。そして、それ以降に目にした機会でも、彼は変わらずだったものだから、私は少しばかり興味を持ったのだ。

 しかし、そう感じているのはどうやら私だけらしい。友人やレイに話せば、「男にようやく興味もったか」だの、「セラは意外にメンクイだったのねー」だのと邪推されるのみだった。クローゼム様の評判はどこでも、"いつも冷静さを崩さない仕事の鬼”らしい。


 でもでも、偉そうなこと言うつもりはないけど、私はこの治癒に長けた魔力を持っていることもあって、意外と負のオーラに敏感なのだ。……多分。

 向こうはお偉いさんだから近づいてどうこうしたいとかは言えないけど、職業柄気になってしまうのは許容願いたいのである。

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