表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
界渡りの物語  作者: 九重
97/111

帰還 3

『竜の世界が、人の子の王を隠匿するわけにはいかぬ。例えそれが王自身の望みであったとしても。』


言葉と同時に長は、大地を揺るがし着地する。

グラグラと揺れる大地に、ヤトは思わず傍らの翠子の顔に掴まった。

触れ合い、目と目を見合わせる翠子とヤト。互いの瞳の中に怯えが見える。


目を逸らしたのは、どちらからだっただろう。



「私は、王ではありません。」


何度も繰り返した主張を、ヤトはもう一度口にする。


『我が言葉を覚えているか?人の子の王よ。お前には王としての責任がある。』


「責任は果たしました!」


『人は移ろいやすく、人の世の安寧は、ふとした拍子に容易く壊れる。お前にはそれがよくわかっているはずであろう。人には、常に導き範を示す存在が要る。』


長の言葉は正しい。

しかし、それを聞いたヤトは、首を激しく横に振った。


「もう、沢山です!私は努力し成果を出しました。殺したくない相手を殺し、出したくない犠牲を出して、血のにじむ思いで国を平定してきました。……もう良いでしょう?私とて当たり前の人として幸せになりたいという希望がある!私の幸せは、アキの側で生きることです!私は人の身で大それたことを望んでいるわけではありません。ただただ、一緒にいたい。……もしも、それすらも、あなた方が、気にくわないと仰るのなら、離れていてもかまいません!ただ、私をアキの見える場所に、アキの住む国に置いてください!それだけで良いんです。」


その場に膝をつき、額を地面に擦り付けてヤトは長に願う。



ヤトが土下座するその姿に、翠子の胸は痛む。

涙がポロポロとこぼれた。


だが、それでも長は無情に首を横に振る。



「どうして!何で、何で私とヤトは、一緒にいちゃいけないの!?」



翠子は叫ぶ。

長は静かに言った。


『そのような生き方をしていては、ヤトが壊れるからです。』


翠子の体がブルリと震える。

それは以前にも長が言っていたことだった。

長い時を生きてきた老竜は、深い悲哀を降り積もらせた瞳でヤトを見る。


『ヤトは、王です。例えどれほど彼自身が否定しようとも、その身に王たる資質を備えている。そんな男が、自ら自分の民を捨て己が幸せのために生きる。…………それは、確実にヤトの心を蝕むことでしょう。』


「そんなことはない!」


ヤトは大声で否定する。

だが、長は瞳の悲哀を深くしただけだった。


『お前が壊れれば、陛下が悲しまれる。お前は陛下を不幸せにするつもりか?』


静かな問いに、ヤトはハッとした。唇を噛んで下を向く。


ただ一緒にいたいだけなのに、それが叶わぬことに翠子は絶望する。

それでも、ヤトがヤトでなくなるような事は嫌だった。



「私達はどうしたら良いの?」



わからずに翠子は、長に尋ねる。


『共に生きる事が出来ぬ運命の相手であれば、別れるのが最善ですが……』


「イヤだ。」

「イヤよ。」


ヤトと翠子は同時に声を上げた。

長は大きくため息をつく。



『ヤトは、人間の王です。王である限りヤトは自分の民を捨てられない。かといって竜である陛下が人の世界にいけば、人は陛下の巨大な御力に魅せられ惑うことでしょう。陛下の偉大な御姿は、人に分を越えた野望を抱かせる。…………ならば、今のような関係が良いでしょう。』



長はそう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ