帰還 3
『竜の世界が、人の子の王を隠匿するわけにはいかぬ。例えそれが王自身の望みであったとしても。』
言葉と同時に長は、大地を揺るがし着地する。
グラグラと揺れる大地に、ヤトは思わず傍らの翠子の顔に掴まった。
触れ合い、目と目を見合わせる翠子とヤト。互いの瞳の中に怯えが見える。
目を逸らしたのは、どちらからだっただろう。
「私は、王ではありません。」
何度も繰り返した主張を、ヤトはもう一度口にする。
『我が言葉を覚えているか?人の子の王よ。お前には王としての責任がある。』
「責任は果たしました!」
『人は移ろいやすく、人の世の安寧は、ふとした拍子に容易く壊れる。お前にはそれがよくわかっているはずであろう。人には、常に導き範を示す存在が要る。』
長の言葉は正しい。
しかし、それを聞いたヤトは、首を激しく横に振った。
「もう、沢山です!私は努力し成果を出しました。殺したくない相手を殺し、出したくない犠牲を出して、血のにじむ思いで国を平定してきました。……もう良いでしょう?私とて当たり前の人として幸せになりたいという希望がある!私の幸せは、アキの側で生きることです!私は人の身で大それたことを望んでいるわけではありません。ただただ、一緒にいたい。……もしも、それすらも、あなた方が、気にくわないと仰るのなら、離れていてもかまいません!ただ、私をアキの見える場所に、アキの住む国に置いてください!それだけで良いんです。」
その場に膝をつき、額を地面に擦り付けてヤトは長に願う。
ヤトが土下座するその姿に、翠子の胸は痛む。
涙がポロポロとこぼれた。
だが、それでも長は無情に首を横に振る。
「どうして!何で、何で私とヤトは、一緒にいちゃいけないの!?」
翠子は叫ぶ。
長は静かに言った。
『そのような生き方をしていては、ヤトが壊れるからです。』
翠子の体がブルリと震える。
それは以前にも長が言っていたことだった。
長い時を生きてきた老竜は、深い悲哀を降り積もらせた瞳でヤトを見る。
『ヤトは、王です。例えどれほど彼自身が否定しようとも、その身に王たる資質を備えている。そんな男が、自ら自分の民を捨て己が幸せのために生きる。…………それは、確実にヤトの心を蝕むことでしょう。』
「そんなことはない!」
ヤトは大声で否定する。
だが、長は瞳の悲哀を深くしただけだった。
『お前が壊れれば、陛下が悲しまれる。お前は陛下を不幸せにするつもりか?』
静かな問いに、ヤトはハッとした。唇を噛んで下を向く。
ただ一緒にいたいだけなのに、それが叶わぬことに翠子は絶望する。
それでも、ヤトがヤトでなくなるような事は嫌だった。
「私達はどうしたら良いの?」
わからずに翠子は、長に尋ねる。
『共に生きる事が出来ぬ運命の相手であれば、別れるのが最善ですが……』
「イヤだ。」
「イヤよ。」
ヤトと翠子は同時に声を上げた。
長は大きくため息をつく。
『ヤトは、人間の王です。王である限りヤトは自分の民を捨てられない。かといって竜である陛下が人の世界にいけば、人は陛下の巨大な御力に魅せられ惑うことでしょう。陛下の偉大な御姿は、人に分を越えた野望を抱かせる。…………ならば、今のような関係が良いでしょう。』
長はそう言った。




