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界渡りの物語  作者: 九重
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帰還 2

『たかが二年半で何が変わるものか。』


ファラが、フンと笑う。竜にとって二年半など、人の瞬きする間より短い。


その“たかが二年半”の間に経験した数多の出来事を思い出したのか――――ヤトは瞳を遠くした。


「ヤト……」


翠子がそんなヤトに声をかけようと口を開く。

しかし、一瞬早くカイザがヤトに声をかけた。




『それで、お前の答えは決まったのか?人の子よ。』


答えとは、翠子の番に誰を選ぶのかということだろう。


「これはまた、性急な問いかけですね?」


二年半をたかがと表するような竜の、いきなりの問い掛けに、ヤトは揶揄するように言葉を返す。

そんなヤトの様子に、呆れたようにカイザはため息をついた。


『お前は変わったように見えて少しも変わらぬな。……あの時と同じだ。我らが急ぐのは我らのためではない。人の子よ。直ぐにでも人の世界に戻らねばならぬだろうお前のためだ。』


その言葉に、翠子は息を呑んだ。




(えっ……戻る?)


カイザは、淡々と言葉を続ける。


『人の戦いを無事に収めたお前は、王となったのだろう?王が長期に玉座を空けるわけにはいかぬ。お前は直ぐにでも帰らなければならないはずだ。』


そう言った。


「ヤト?」


呆然と翠子は呟く。


(ヤトが、王に?)


ヤトは、派手に顔をしかめた。


「私は、王になどなっていません。」


『悪政を布いていた暴君を倒し、隣国との戦いを未然に防いだ英雄。しかもその出自は、滅ぼされた前王の第二王子。お前が王にならずして誰が人の王となるというのだ?民も周囲もそれを望んだはずだろう。』


何を馬鹿なことを言っているのかというように、カイザは黄金の瞳をヤトに向ける。


ヤトは、グッと唇を噛んだ。

その姿が、何よりカイザの推論の正しさを裏付けている。




「ヤト?」


翠子は信じられずにヤトを見た。

黒い瞳に苦悩する男の姿が映る。


「…………俺は……俺はその話を受けてはいない!――――確かに、皆には王となるように依頼はされた。だが、俺はそれを断ってここに帰ってきたんだ!俺は王になど、ならない!」


ヤトは怒鳴った。


『往生際が悪い“王様”だね。』


呆れたようにギョクが翼をすくめる。

全くだというように、ファラも頷いた。


「俺は、王ではない!」


『では、誰が人の世界を治めると言うのだ?』


冷静な声は、ロウドだった。碧の竜に見つめられ、ヤトが口を閉ざす。



『我らは、人の世界に帰った後のお前の姿を見ていた。――――仲間を率い、虐げられていた人々を救い、不当に玉座を占拠していた愚王を討った様を。その中で、人々はいつもお前を仰ぎ、お前を支持し、お前を自分たちの指導者として戴いていた。それは、我らが我らの王へと向けるのと同じ敬慕だ。受け止められるのは、お前以外におるまい。』



ロウドの言葉は正しい。

同じものを見ていた翠子にはそれがよくわかる。


だからこそ翠子は、ヤトが見事親の仇の現王を討ち、無謀な戦いを未然に防いだ後の姿を見ることができなかった。勝利の喜びを仲間達と分かち合うヤトの姿を最後に、ヤトの夢を見ることを止めてしまっていた。

夢の中で、ヤトが自分より仲間達を――――人間の世界を選ぶところを見たくなかったから。



(でも、違う!だってヤトは帰ってきてくれたんだもの!現にここにヤトが居るってことは、そういうことでしょう?)



心の内で翠子は叫ぶ。


ギュッと拳を握り込んでいたヤトが、その力を抜き、大きく息を吐いて頭を上げる。

慎重に口を開いた。



「人の世界の騒乱は収まりました。あとの統治は私以外の者でも充分できるものです。私はもう人間世界に必要ない者です。……私を、私の命の絶えるまでの短い間、この竜の世界に、アキの近くに置いてください。」



深く頭を下げる。

それは、ヤトの心からの望みだった。


人の世界を捨てて、自分と生きる道をヤトが選んでくれたのだと、翠子は知る。


「ヤト――――」




『ならぬ。』



だが、翠子が何かを言う前に、今度は違うところから否定の言葉が降ってきた。


一斉に竜達とヤトは頭上を仰ぐ。


そこには、悠々と翼を広げ今まさに降り立たんとする竜が居た。



「長――――」



歳ふり、そびえたつ巌のような竜。

滅多に翼を広げない、もう数百年も空を飛んでいないのではないかと言われていた老竜が、この場に降りてきた。


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