帰還 1
どんなにその流れがゆっくりに思えても、時は、よどみなく静かに流れる。
ヤトが竜の国に戻ってきたのは、二年半後だった。
一日千秋の長い時間の果て。
別れた時より、より精悍になり、数多の経験で磨きぬかれた男になって戻ったヤト。引き締まった体は、一回り大きくなったように見え、鋭利な印象を与える顔つきは、近づきがたい威厳をたたえている。
その姿に……翠子は、ほんの少し気後れした。
「ヤト…………」
小さく声をかける。
「アキ!」
しかし、翠子を見た瞬間、ヤトの目に浮かんだ優しい光に、躊躇う気持ちは吹き飛んだ。
鋭い牙の並ぶ翠子の口が近づいても、怖れるどころか、喜色満面に腕を伸ばすヤト。
翠子の口に…………ヤトの手が、触れた。
「会いたかった。」
二年半ぶりに、触れるヤトの感触と同時に、万感の思いを込めて告げられる言葉。
「――――ヤト!」
体が震える。
翠子には、ヤトに会えたら話したいと思っていたことが沢山あった。
自分のしてきたこと。自分が見たヤトの姿。そこから生まれた感情。
どんなに会いたかったか、どんなに心配したか…………どれほどヤトが好きか。
だが、その全てが言葉にならなかった。
自分の大きな口を確かめるかのように触れる温かな手。
その感触と温度が、翠子を圧倒する。
ヤトを倒さぬように注意しながら、翠子は鼻先をグリグリとヤトにすり寄せた。
「うわっ!おい、アキ。」
堪え切れずに、ヤトは尻餅をつく。
だが、その笑顔は崩れなかった。
ヤトが座りこみ倒れる心配がなくなったため、翠子は、より強くヤトに顔を擦り付ける。
そんな翠子を、両手をいっぱいに広げてヤトは迎えた。
「ああ、間違いない。アキの感触だ。」
嬉しそうにヤトが呟く。
たまらず翠子の目から涙がこぼれた。
「――――ヤト、ヤト。無事で良かった。会いたかった。ヤト。」
「俺もだ。情けない事だが、お前のいない夜は寂しかった。」
私も!と、翠子は思う。
同じ思いを重ねた二年半。
それを告げようと、翠子は口を開く。
しかし、思いが言葉になる前に、不機嫌そうな声が割って入った。
『それはご愁傷さまだな。しかし、アキコは我らといつも一緒に寄り添って眠っていたからな。そんなことはない。』
ロウドが、冷たくヤトを睨んでいた。
ロウドの後ろには、他の番候補の3頭の竜がいる。
「ロウド!」
何てことを言うのか!と、翠子は焦った。それではまるで自分が、浮気をしていたみたいな言い方だ。
浮気――――と思って、翠子は自分で自分の思考に狼狽える。
しかし、ロウドの言葉を聞いたヤトは嬉しそうに笑った。
「そうか、それは良かった。私のいない間、アキを守っていただいたのですね。感謝いたします。」
ロウドに向かい深々と頭を下げるヤト。
碧の雄竜は、嫌そうに顔をしかめた。
『アキコを守るのは、我らにとって当然のことだ。お前に礼など言われるいわれはない。』
鋭い形の尻尾が、苛立たしそうに左右に揺れた。
「それでも私は嬉しいのです。――――ロウド様。皆様。お久しぶりです。約束通り帰ってまいりました。」
翠子につかまりながら、ゆっくり立ち上がるヤト。胸に手を当てヤトはもう一度頭を下げる。
『元気そうだね、人間さん。ふてぶてしさが増したんじゃない?』
ギョクが、楽しそうに笑った。
『虫けらが、少しは成長したのか?』
『……どうでもいい。』
カイザ、ファラのヤトへの態度は相変わらずだ。
3頭、いやロウドも含めれば4頭ともだが、翠子の番としてヤトに選んでもらおうという気があるのだろうか?と疑問に思う。
「本当にここは少しも変わらない。」
ヤトは複雑そうに微笑んだ。
 




