傍に
ゆったり翠子は帰還する。
竜の飛べる上空ギリギリの位置で待っていたロウドは、はじめて見るような剣幕で、戻ってきた翠子を怒った。
『急にいなくなるな!死ぬかと思った。』
「そんな大袈裟よ。私は宇宙でも平気なのよ。」
『…………違う。死ぬのは私だ。お前がこのまま戻らなかったらと思うと、心臓が止まりそうだった。』
真剣なロウドの言葉に翠子は目を見開く。
次いでボンッと!赤くなった。
こんな情熱的な言葉を、実際に自分に言われるなんて想像したこともない。
真っ黒の翠子だから外見は変わらないが、心臓はバクバクだった。
『アキコ、黙って遠くに行くな。お前の存在しない世界など、もはや私には考えられない。誰を第一に思っていてもかまわない。ただ、私は最後までお前の傍に居たい。』
俺様なロウドの真摯な願いに、 翠子は身の置き所がないくらいに狼狽える。
「狡いわっ!」
翠子は叫んだ。
『アキコ?』
「そんな風に言われたら、私はロウドの傍に居たいって思っちゃう。ロウドに甘えて離れられなくなっちゃうじゃない!」
翠子の文句に、ロウドは嬉しそうに笑う。
『そうなってくれたら、嬉しい。』
翠子は、翼をバタバタと動かした。ギョクのようにグルグルと回り出したい思いを必死でこらえる。
「そんなことになったら、ロウドはたいへんよ!私はきっと、ロウドの気持ちを利用して自分の寂しさを埋めちゃうわ。」
そんな狡い自分になりたくないと翠子は思う。
翠子の一番はヤトだ。ヤトのことだけ思っていたいのに、優しくされたらヤトのいない寂しさをロウドで埋めてしまいそうだ。
それなのに、ロウドはそんなことかと笑った。
『遠慮せず私を利用すればいい。私はお前のものだ。代わりでも何でもお前の慰めになれれば嬉しい。』
思いもかけない言葉に、翠子は驚く。
「そんな、ロウドはそれでいいの?」
聞く翠子の方が、辛そうだった。
ロウドは、躊躇いなく頷く。
『かまわない。それにそれはそんなにお前が気に病む事ではない。私は竜だ。いつまででもお前の傍に居られる。今は無理でもいつかはお前の一番になってみせる。その為の我慢ならいくらでも出来る。』
ロウドがなりたいのは、翠子の永久の伴侶だった。
今は、ヤトに夢中の翠子だが、ヤトが人間である限り、必ず翠子とヤトの別れは、やってくる。
何千年という時を生きる竜にとって百年にも満たない時を、翠子のために待つ事など容易い事だった。
(問題は、むしろその後だ。)
他の番候補を思い出しながら、ロウドはそう思う。
その時の為にも、ロウドは翠子の一番近くに居たい。
『お前が誰を思っていても、私がいつでもお前の一番近くに居てお前を支える。だから私の傍から離れるな。』
ロウドは強くそう言った。
「ロウド…………」
翠子は声を詰まらせる。
『帰ろう。我らの世界に。』
ロウドが翼を差し伸べる。
その言葉に頷き、翼を重ねる翠子だった。




