別離
先ほどから急な展開についていけなかった翠子が、慌ててヤトを守るように長とヤトの間に入る。
「そんな事はさせないわ!」
『私も、しなくて済んだ事を嬉しく思っております。こうみえて私はその人間を気に入っておりますからな。』
しゃあしゃあと長は言った。
とても信じられない。
『良いだろう合格だ。お前が人の王となり、見事争いをおさめたならば、我らはいつでもお前の前に道を開こう。』
長の言葉にヤトは微かに顔をしかめる。
「私は玉座に着くつもりはありません。戦いは終わらせますがそれだけです。民を預けられる者に後を託し戻ってきます。それでよしとしていただけませんか?」
長は、長い尻尾を小さく揺らした。
『お前の意思は関係ない。お前は王となるだろう。』
まるで予言のように長は言う。
ヤトは不服そうに唇を噛んだ。
何か言いたそうに口を開くが、何を言っても無駄だと思ったのかそのまま口を閉じる。
翠子は、長の言葉が本当になるだろうなと、何となく思った。
(ヤトは立派だもの。私だって人間だったら王様はヤトが良いわ。)
しかし、竜である翠子にとって、ヤトが王となるということは、悲しいことだ。
(私が竜の王様で、ヤトが人間の王様になったら、私たちは一緒に居ることができないわ。王様同士が共に暮らすなんてできるはずがないもの。……竜の一生は長いから、ひょっとしたら私がヤトの生きている間だけでも側にいることを許してもらえるかもって思っていたけれど……王様になったヤトの側には、いられないわ。人間には竜の力は大きすぎるものなんだもの。)
人間の世界に居た時に、自分がしてしまった様々なことが翠子の脳裏によみがえる。
確かに竜の――――翠子の力は、人間には過ぎたものだった。
翠子は絶望する。
悲しみに浸る翠子を、ヤトが見上げてきた。
「アキ、聞いた通りだ。俺はいったん人の世界に戻る。戦いをおさめて必ずお前の元に帰ってくるから、それまで待っていて欲しい。」
翠子は……泣きそうだった。
それでも、頑張って声を絞り出す。
「うん。……私、ヤトを待っている。」
そう言った。
「だからお願い。どうか無事でいて。5年でも10年でも待っているから、ムリなんかしないで。ヤトが傷ついたり死んじゃったりしたら、私どうにかなっちゃう。……元気で生きていて。元気でさえいてくれたら……私、ヤトに会えなくても、帰ってきてもらえなくても……私……私……」
翠子の目から、堪え切れない涙が落ちた。
ヤトは賢い人だ。
自分が王になれば、きっともう竜の世界には帰って来ないだろう。
そう思う。
なのに――――
「俺は帰ってくる!」
ヤトが怒鳴った。
「俺は死なない。必ずお前の元に帰って来る!そうでなければ、俺は……俺達は、幸せになれない!そうじゃないのか?」
「ヤト……」
「俺とお前は、種族は違っても共に生きる運命を持った存在だ。俺はそう信じている。」
ヤトの強い言葉に、翠子の目からまた涙がこぼれた。
「必ず戻る。そして一緒に幸せになろう。」
「ヤト……」
まるでプロポーズみたいだと翠子は思った。
幸せだと思う。
幸せすぎて涙が止まらなかった。
今は、その言葉を信じたいと思う。
「うん。ヤト、私、待っているわ。」
きっといつまででも待つだろうと翠子は思った。




