選定 3
ロウドが満足そうに頷き、他の3頭の竜が不満そうに顔をしかめる。
あっさり答えたヤトに、翠子は驚いた。
長も少し目を見開く。
「迷いのない答だな。何故そう思う?」
「アキを、王ではなくアキとして見ておられるのは彼だけだからです。」
(……それって、私がロウドに王様として見てもらえていないってこと?)
翠子の心は複雑だ。
ロウドとは、翠子が王だとわからぬ内に出会っていた。そして、ロウドは王ではないただの雌竜の翠子に愛を囁いたのだ。
ギョクと出会った時も、翠子が王だとはわからない時だったが、あの時のギョクの興味は、翠子にではなく、ロウドが気にいった雌竜にあったように思う。
カイザやファラとは、王である翠子の番候補として出会った。
確かに言われてみれば、王ではない翠子に興味を向けてくれたのは、ロウドだけかもしれない。
『えぇっ!ヒドイ。どうして王様のアキコに惹かれちゃいけないの?』
ギョクが赤い頬を膨らませる。
『そのような、始まる前から勝負の決まっていたような判定を受け入れることはできません。』
黄金の鱗を怒りに震わせ、カイザが怒鳴った。
『俺は番になどなれてもなれなくてもどうでも良いが、そんな早い者勝ちみたいな理由で負けるのは気にくわないな。』
ファラの純白の体は、興奮のためにほんのり赤くなっていた。
「言い方を間違えました。アキをただの普通の女性――――雌竜として、守り幸せにしてやりたいと思っておられるのは、ロウドさまだけだと、私は思います。」
ヤトの言い直しに、3頭の竜は目を見開く。
『私とて陛下をお守りし、幸せにして差し上げたいと願っている。私には、陛下のために命を捨てる覚悟さえある!』
カイザは憤然とした。
「それでは、アキは幸せになれません。」
ヤトはきっぱりとそう言う。
「アキは、王である前に優しい少女です。その心は、強さと同時に傷つき易く繊細な部分を持っています。自分のために命を捧げられても、アキは悲しみこそすれ喜びはしません。そんなアキを心から愛し、支え、永久に共に生きる決意をロウド様は持っておられると、私は感じました。……私は、ロウド様以外の方々に、アキの全てを託したいとは思えません。」
本当は、ロウドに対してさえも、翠子を託すことなどしたくないとヤトは思う。
目の前のこの愛しい竜を守るのは自分でありたいと、心から願っていた。
だが、どう足掻いてもヤトは人間だ。
どれ程に強く願っても、あと数十年もしない内にヤトは愛しい竜をおいて逝ってしまうだろう。
……ならば、託す以外なかった。
ロウドが満足そうに翼を広げる。
翠子は縋るような目で、ヤトを見てきた。
その目にヤトは安心させるように頷き返す。
ヤトには考えていることがあったのだった。
大きく息を吸いこみ言葉を続ける。
「とは言え、竜の皆様は、私などが考え及びもつかぬほど永い生を生きる方々。今の私の考えで全てを決めるのは正しくないかとも思います。」
その言葉に今まで満足そうだったロウドは顔をしかめ、他の3頭の竜はヤトの方に首を伸ばしてくる。
ヤトは微かに口角を上げた。
「ですから、私からのお願いを聞いていただけませんか?………今、私はロウド様にアキを託して人の世界に戻ります。1年――――いえ5年の間に必ず人の世界の争いをおさめて戻ってまいります。その時、今一度私を竜の世界に迎えてください。……竜の皆様にとって、5年など瞬きをするほどの時間でしょう。戻ったその時にこそ、今度こそ正しくアキの番を選び直します。」
翠子と4頭の番候補が、ポカンとする。
『ほう。そうきたか?』
長が面白そうに呟いた。
ファラが顔をしかめる。
『姑息な人間め……………しかし、話自体は一考に値する。』
『俺は賛成!このままロウドに勝ち逃げなんかされたくない!』
ギョクがその場でクルリととんぼ返りをうった。
『陛下のお気に入りの人間に、そこまで頼まれては仕方ありませんね。』
しぶしぶと言った風に、カイザは頷く。
ロウドは呆れかえった。
『お前ら……。自分たちがヤトにいいように利用されている自覚はあるか?』
『私にとって都合良ければ問題ありません。』
すまして言うカイザにギョクもファラも賛成した。
『貴様ら――――』
ロウドが絶句する。
フォッフォッフォッと長は笑った。
『考えたものだな人の子よ。』
長い首を伸ばして、ヤトの目の前に大きな顔を近づける。
『して、人の子よ。……次は何を願う?一刻も早く戻るために、我らの助力を願うか?』
間近に迫った大きな口に怯えることなく、ヤトは首を横に振った。
「人間にとって竜の力は過ぎたる力。それに頼っては人間という種族そのものの存亡が危うくなりますでしょう。私にそんな危険を冒す勇気はありません。――――何より、私がそんな望みを持てば、あなた方は一生私をアキから引き離してしまわれますでしょう。」
長は、呵呵と笑った。
『そんな面倒はせん。今すぐ殺して終わりだ。』
とんでもない答えだった。
 




