表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
界渡りの物語  作者: 九重
86/111

選定 2

ヤトの顔も青ざめる。


『――――人間の王国の1つが、領土を広める為に周辺諸国に(いくさ)を仕掛ける準備をしていると聞いた。……お前の親が王となっていた国だ。』


ヤトは大きく舌打ちをする。


「あの、愚か者が!」


誰に対してなのか、罵りの言葉を吐いた。


『――――戦になれば、勝敗に関わらずどこの国にも犠牲が出る。ましてや此度の戦は1対多だ。お前の祖国は負けるだろう。』


冷静な長の宣告が無慈悲に響く。

ヤトは黙って下を向いた。ギュッと唇を噛み締める。



「え?え?戦って、ヤトの国が?……そんな!?」


一方、翠子は焦った。

脳裏に谷間の村で知り合った人々の顔が浮かぶ。

無邪気に自分に懐いてきた子供達。

そんな子供達に戸惑いながらも、最後には優しい目を向けてくれた村の女性達。


「そんな事になったら、キサや、キサのお母さんはどうなるの?他の人もみんな戦に巻き込まれちゃうの?」


それは嫌だった。

知っている人なら嫌で、知らない人なら良いのかと言われてしまうかもしれないが、それでもやっぱりキサが戦に遭うのかと思えば心は焦る。


「大丈夫だ。谷間の村は普通の人間が見向きもしない山奥だ。あんなところにまで戦の火の手は及ばない。あそこにいる限りキサ達は無事だろう。」


ヤトはそう言った。

翠子はホッとする。




しかし、長は変わらず鋭い瞳でヤトを見つめていた。


『人の子よ。王たるお前が案じるのは、一人や二人の人間の無事ではあるまい。』


ヤトが唇を噛む。


『王は、全ての民を守るべきものだ。』


「俺は、もう王族ではない!王座から追われた人間だ!」


そう叫んだ。



「あの国は、俺の父を……家族を殺し、俺の命さえ奪おうとした国だ!俺はもう王族でも、ましてや王でも、絶対ない!」



それは血を吐くような叫びだった。

強い瞳でヤトは長を睨み付ける。

しかし、長は少しも動じなかった。


『それは、お前の民の総意であったのか?お前は民から王ではないと断じられたのか?』


ヤトは切れるほどに強く唇を噛み締める。



やがてゆるゆると首を横に振った。


ヤトの父や家族を殺した反乱は、元々は軍部――――正確には軍の諜報機関に属していた、たった一人の男が煽ったクーデターだった。

野心に満ち、自ら王たらんと欲したその男と、その男の甘い口車に乗せられた脛に傷持つ軍人や、血筋ではなく実力で官吏の登用を行ったヤトの父に不平不満をいだいた貴族の一部によってなされた暴挙。


殺された王やその一族、生き残ったヤトも犠牲者だったが、ある日突然善政を布いていた王を喪い、暴君を戴かなければならなくなった民もまた間違いなく犠牲者であった。



『ならば、お前がその国の王だ。王の罷免が出来るのは王の民のみだ。民意でなくお前が玉座から追われたのであれば、それはお前達王族の咎であって、民の責では決してない。……お前が王の責任を放り出す理由にはならない。』



長の言葉は、無慈悲なほどに厳しい言葉だった。


「……すでに俺には王冠がない。家族を殺され自身も追われ、それでも俺に王の責任を負えと、そう仰るのですか?」


激情を秘め、ヤトは静かに問い返す。

声が微かに震えていた。



『我が言うのではない。お前自身がそう思っているはずだ。自身の心から目をそらすな。そんな者では我らの王のお側に置けぬぞ。』



長の目はゆるがなかった。

厳しい……厳し過ぎるほどに厳しい言葉。




ヤトは、うつむいた。



「……………………それは、嫌だな。」



ポツリとこぼす。


「ヤト。」


翠子はそっと自分の鼻先をヤトの背中に寄せた。

泣いているのではないかと思ったヤトの頬に、涙は見えない。




「アキの側に立てないのは嫌だ。俺はいつでもお前の前では、堂々と立っていたい。」




翠子の鼻面に手を触れて、ヤトははっきりとそう言う。

顔を上げて長をしっかり見返した。




『ならば、お前のなすべき事を成せ。このまま自分の国の惨状を見ないふりをして此処に留まれば、遠からずお前は自ら壊れるだろう。そんなお前を陛下にお見せするわけにはいかぬ。』


ヤトのためではなく、翠子のためにヤトに忠告するのだという長。


ヤトは苦笑した。


「私は、思いの外、高評価をいただいていると自惚れて良いのでしょうか?」


『陛下がお気にいられているのだ。当然だろう。だからこそ番選びでの意見も許したのだ。』


長は相変わらずだった。




それでもヤトの雰囲気が少し落ち着いて翠子はホッとする。


(……でも、それじゃあヤトは人間の世界に帰ってしまうの?)


ヤトの国が戦をはじめると伝え、ヤトに帰って自分の責任を果たせと言った長。

そうでなければ、自責の念にヤトが自ら壊れると長は言った。



その長の言葉は正しいと、翠子も思う。


(ヤトは、優しい人だもの。)


だが、それは翠子がヤトと離れ離れになるということだった。


ヤトも長の言葉を受け入れたように先ほど聞こえた。





『去りゆく人の子よ。お前が陛下を託せると思った候補はいたか?』


ヤトが竜の世界から出て行くことが、既に決まったかのように、長はそう聞いてくる。


翠子の胸は、ズキン!と痛んだ。


長の質問に、長の背後で黙って見ていた4頭の番候補達の視線が鋭くなる。




ヤトは、いずれも雄々しく美しく能力に優れた雄竜たちに視線を向ける。


………………ヤトの答は、決まっていた。



「私がそう思えるのは、ロウド様だけです。」


そう答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ