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界渡りの物語  作者: 九重
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やきもち 2

翠子は本当に嬉しそうに続ける。


「ヤトはいつも優しくて、やきもち妬くのは、私だけだって思っていたもの。……私ね、ヤトが人間世界に戻って、恋人ができたりお嫁さんをもらったりしたら、ものすごく焼きもちを妬くと思うの。本当に、きっとみっともないくらい。……でも、今ヤトがそんな風に思ってくれるのなら、私がそうなった時、ヤトは許してくれるでしょう?」


ヤトは本当にビックリしたような顔になった。



「俺が――――恋人や結婚?」


「ヤトは王子様だもの、いずれは結婚するのでしょう?そうでなくたってヤトはものすごくモテそうだし……」


「はっ?」


「私、ヤトが結婚したら、絶対泣いちゃうと思う。ヤトは優しいから、そんな私を怒ったりはしないだろうけど、きっとうざいと思われちゃうわ。」


翠子は、そうなった時に、自分が嫌な小姑みたいになってしまう予感をひしひしと感じていたのだ。

でも、ヤトが今ロウド達に焼きもちを妬いているなら、将来翠子が焼きもちを妬いた時に、翠子の気持ちを少しは分かってくれるかもしれないと思う。


単純に、翠子はそれが嬉しかった。


しかし、ヤトはなんだか呆れたように翠子を見上げてくる。



「俺が結婚など、あるはずがない。」


ヤトはそう言った。


「そんなことないわ!ヤトはステキだもの。女の人が放っておくわけないわ。」


翠子は、強く主張する。





ヤトは、ため息をついた。


「それは身びいきだ。昔ならともかく、今の境遇になってからの俺に近づいて来る女などいるはずがない。」


ヤトは王位を簒奪された王の子だった。

権力者に追われる男に自分から近づく女など、いない。


「だから、お前のその心配は無用だ。百歩譲って、そんな物好きな女が現れたとしても、ただの女とお前を比べられるわけがない。お前が嫉妬することなど天地がひっくり返っても有り得ないさ。」


ヤトはキッパリと宣言する。




――――翠子の尻尾は、これ以上は無いほどに大きくパタパタと動いた。


(どうしよう? 嬉し過ぎて死んじゃいそう!)


「ヤト、ヤトが焼きもちを妬く必要も何もないわよ。だって私、世界中の誰よりもヤトが好きだもの。」


翠子は自分の気持ちを素直に告げる。

以前ヤトに言ったとおり、翠子のこの気持ちは、どんなにロウド達と親しくなろうとも変わらない。


「ヤトが人間世界に帰っていって、遠く離れてしまっても、ずっとずっと、一番好きだわ。」





――――ヤトの顔は、赤くなった。


ヤトとて、気持ちは変わらない。

それどころか、一緒に居れば居るほど、翠子に対するヤトの気持ちは強くなっていく。


しかしヤトはそのことを、言葉にしなかった。


ヤトにはわかる。



(アキが番を選べば、俺は竜の世界から追い出され、二度と戻って来られない。…………いくらアキが俺の側に居ることを望んでも、あの番候補達が、それを許すはずがない。)



それは火を見るよりも明らかなことだった。


自分たちのため、そして何より翠子のために、ロウド達はそうするはずだ。


ヤトは翠子を見上げる。

見上げなければならない程の大きく強く美しい……竜の王。



――――間違いなく、ヤトは翠子より先に死に逝く。

どんなにヤトが翠子を大切に想おうと、ヤトと翠子の間には、寄り添う以外に出来る事はない。



(体を重ね愛し合う事も――――子をなす事も出来ない。俺がアキに遺せるのは喪失の痛みだけだ。)



もちろん、その引き裂かれるような痛みを上回る大きな喜びの記憶を得ることはできるだろう。


しかし、ヤトを喪ったその後、翠子は、永い永い時を生きなければならない。



(今、この瞬間だけでも喜びの記憶は十分だ。……ならば、愛する者が先立つのを、どうにもできずに見守るだけの哀しみなど、知らない方が良い。)



竜は至高の生き物だ。その記憶力は素晴らしく、忘れることなどないのだという。


人である限りヤトの死は避け得ないが、それを近くで見ることと、遠くで聞くことでは、同じ哀しみでも、その度合いは違うだろう。


少なくとも、ロウド達はそう考えるだろうし、そしてヤトもその考えに賛成だった。



「わかった。俺は焼きもちは妬かない。お前が番候補達とイチャイチャしていても気にしないようにする。」


ヤトはわざと茶化すようにそう言った。


「え?……イチャイチャって、何!?私、そんなことしていないわ!」


翠子が慌てて否定する。

ヤトは、弾けるように笑った。


「ヒドイ!ヤトったらからかわないで!」


「ワルイワルイ。」


「本当に悪いと思っていないでしょう!」


翠子はプリプリ怒る。

ヤトは、困ったように宥めた。


互いに気を許しているからこその、このやりとり。




それを、心地良く感じながら、いずれ来る確かな別れの予感に、ヤトの胸は詰まる。



せめて今だけは、この幸せに浸りたいとヤトは心から願った。

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