優しさ
「カイザがそんな事を?」
翌日、カイザの言葉をまさかヤト本人に確かめるわけにもいかず、翠子はロウドに相談する。
「あのカイザが。――――案外ヤトの事を気に入っているようだな。」
ロウドはそちらに驚いていた。
「カイザじゃなくて、ヤトのことよ。ロウドもヤトを早く返した方が良いって思っている?」
ジレジレしながら翠子は問いただす。
ロウドは、大きく首を縦に振った。
「本心を答えるなら、イエスだ。私は直ぐにヤトを帰せとアキコに言いたい。」
その答えをきいて翠子は泣きそうになる。
「しかし、それはヤト自身がイヤだと言って拒むだろう。」
そんな翠子を困ったように見つめ、ロウドは苦笑しながら言葉を続けた。
「え?」
「そもそもの最初の時、ヤトは私に自分を竜の世界に連れていけと言った。その時に既にヤトの覚悟はできているはずだ。」
何を今更考える必要があるのか?とロウドは言う。
「我らの世界に来る際に、それを諦めれば竜の力を貸そうという私の提案さえ、ヤトは退けた。ヤトが今求めているのは王位ではなくお前の幸せだけだ。ヤト自身がお前を我らに任せられると思えなければ、我らやお前がどう説得しようとも、ヤトは決して帰ろうとはしないだろう。例え自分の命数が尽きると言われても、そんな言葉にヤトが従うとは思えないな。」
翠子の体が、安堵と感動に震える。
ロウドは優しく笑った。
「ヤトを早く帰すために努力をしなければならないのは、我らの方だろうな。……まったく、人間風情が我らを評価するなど腹立たしい限りだが、仕方あるまい。―――アキコ、私は必ずお前を幸せにしよう。そしてそれをヤトに認めさせてみせる。その時こそヤトが人間世界に帰る時だ。」
言い切るロウドの姿は、いつもより大きく見える。
翠子は、その姿にホッと安堵した。
「まったく馬鹿な人間だ。」
呆れたようにファラが言う。
「その時にロウドから力を貸してもらっていれば、今頃人間全ての王としてふんぞり返っていられただろうに。間抜けとしか評価のしようがないな。」
翠子はそんなファラの言葉に憤慨した。
「ヤトは馬鹿でも間抜けでもないわ!とっても優しい人よ。」
「優しいものなど、大馬鹿だ。」
思いもかけぬ強い口調の言葉は、ファラの持論のようだった。
「見返りを受けられない好意など何の役にもたたない。そんなものに満足して己を犠牲にするものには、憐れみしか感じられないな。」
ファラは心底腹立たしそうに話す。
赤い瞳が苛立たしそうに眇められ、翠子は何故か、その目がどこか遠くを見ているように感じられた。
少なくともファラが怒っているのはヤトではないと思える。
「……誰か、そんな人――――ううん、竜がいたの?」
翠子は思い切って尋ねてみた。
ファラは表情を固くすると、フイッと横を向く。
「……俺の母親だ。」
それでも不機嫌そうに答えてくれた。
「俺を産んだ母は、元は高貴な生まれの雌竜だったそうだ。世間知らずの幼い雌の初産で、死にかけながら俺を産んだのだという。――――忌嫌われる白竜をな。」
ファラの言葉はまるで吐き捨てるかのようだった。
「父親である雄竜を筆頭に、血縁者全てが、子竜を捨てろと母を説得した。なのに俺の母は、俺をくわえて離さなかったそうだ。――――おかげで俺は無様に生き延びてしまった。」
まるで憎んでいるかのようなその言い方に、翠子は眉をひそめる。
それほどファラは苦労したのかもしれない。
「お母さんは今?」
「知るか。竜は子育てが終われば親と子は別れるものだ。なのに俺の母は、俺がかなり成長しても離れなかった。何十年前かに無理やり引き離されて、それきりだ。生きてはいるのだろうが興味はない。」
ファラは素っ気なくそう言った。それが竜の常識なのかもしれなかった。
それでも――――
「私は好きだなファラのお母さん。」
翠子はそう言う。
ファラは体をビクリと震わせた。
「彼女のやったことはただの自己満足だ。その結果は、淘汰されて死ぬはずだった嫌われ者の白竜を1頭、生き永らえさせただけだ。何の成果もない。」
嘲るようにファラは笑う。
翠子も笑った。
「うん。おかげで私はファラに会えたわ。……ファラに、いろんな事を教えてもらって話ができて、私は嬉しい。ファラのお母さんにもありがとうって言いたいわ。」
人間性……いや、竜性にかなり問題のあるファラだが、なんとなく憎めないなと翠子は思う。
(わかりづらいけど優しい所もあるし)
他の番候補達もそうだ。彼らと付き合えば、付き合う程に、彼らの長所が見えてくる。
(もっとも、短所の方が強烈だけど……)
それでも会わなかった方が良かったなどとは、既に翠子は思えなくなっていた。
出会いというのは、大切なのだと実感している。
「おめでたい考え方だな。」
対するファラの答えは、やっぱり辛辣だった。
「おめでたくないより良いと思うわ。」
翠子がそう言えばファラは顔をしかめる。
それでも、その白い顔はなんとなく赤かった。




