人間
「人間が醜い理由は、必要以上を求めるからです。」
講義の中で、カイザは語る。
「生命には生存本能があります。食べ、暮らし、繁殖し、己れの種族を繁栄させ次世代に繋げんとして戦う。その行動を醜いとは、私も思いません。」
それは竜であっても他の種族であっても当たり前の事だろう。
「だが人間はそれ以上を求める。自分達が生きていく以上の糧を求め、場所を求める。そしてその為に他の種族はおろか同じ人間からも搾取し相手を廃除する事を躊躇わない。大切なのは己れの価値観のみで、そのためならばなんでも行う。貪欲で何より醜い生き物です。」
翠子は聞きながら首を竦めた。15年間人間として生き育ってきた翠子にとって、カイザの言葉は耳が痛い。
「そんな人間ばかりじゃないと思うけれど……」
恐る恐るそう反論すれば、カイザは違うとばかりに長い首を振る。
「固に対する評価ではなく、あくまで種族全体の傾向です。確かに個々を見れば、多少はまともな人間もいるでしょう。……そうでなければ、私はヤトを見た瞬間に潰していましたよ。」
過激な言葉に内心びくつきながらも、それでもカイザは一応人間個々も見てくれているのだなと、翠子はホッとする。
「もっとも、ヤトが王族だとわかった時はもう少しで潰すところでしたが。」
平然と言われた言葉に翠子は焦った。
「絶対ダメよ!」
「不本意ですが我慢します。」
カイザは本当に不本意そうだ。
何度か翠子が「本当にダメだから!」と念を押す言葉に不満そうに尻尾を揺らす。
「ヤトが王族である限り、彼には人間の行いの責任があります。権力には必ず義務と責任がつくのですから。」
そんなことを言ってきた。
「ヤトはもう王族ではないわ。」
翠子の言葉にカイザは頷く。
「だから我慢しますと言っています。……もっとも、ヤト本人は王族でなくなった今であっても責任は感じているようですがね。」
「え?」
翠子はびっくりして聞き返す。
「惜しいことですね。あのような者が王であれば人間も少しはまともになるかもしれませんのに。」
カイザの目は遠くを見つめた。その首の向く先は人間世界の方なのかもしれない。
「それって、ヤトを認めてくれているの?」
「他の人間よりマシという程度です。」
それでもそれは、紛れもないヤトに対する褒め言葉だった。
嬉しそうに笑う翠子の様子にカイザは複雑そうな顔を向ける。
「――――陛下は、ヤトをいつまでお側におかれるおつもりなのですか?」
急に問われて翠子は黒い瞳を瞬く。
「多分、私が一人前になるまで。」
首を傾げながら答えた。
カイザは少し黙り、その後静かに話しはじめる。
「出来るだけ早くお離しになった方が良いでしょう。」
「えっ?」
「ヤトは、人間の王です。例えその座を追われたのだとしても彼自身が王で在ることの責任を負っている。また、あれほどの存在であれば人間の中にもヤトを王として仰ぐ者もいるでしょう。今、人間の世界がどうなっているかはわかりませんが、ヤトは必要とされているのではないのですか?」
翠子は目を見開き固まった。
答えようとして言葉にならず、大きな口をパクパクと開けたり閉じたりする。
カイザはそんな翠子から目を逸らす。
「人と我らの時への感覚は違います。我らにとって瞬きをするほどの時間が、人にとっては永遠にも思える時間となる。人の命は短い。ヤトはあっという間に老い死んでしまうことでしょう。」
翠子はフルフルと首を横に振る。
「今この一瞬でさえも、ヤトと人間にとっては、失ってはならない貴重な時間であるはずです。真に陛下がヤトのためを思われるのであれば、陛下は一刻も早くヤトを人間の世界に帰すべきです。」
それは正論だった。
正論ゆえに翠子は言葉を失う。
黙りこむ翠子をカイザは静かに見つめていた。




