訓練 2
「ファラにも教えてもらうのは仕方がないが、あまりそれを鵜呑みにしない方がいい。アイツが素直に自分の知識を教えるとは考えられないからな。」
自分以外が翠子に近づくことを面白く思っていないロウドが、特にファラに関してはそんな忠告をしてきた。
「あ、大丈夫よ。私は戦術なんか使うつもりはないもの。」
そう言って翠子は、あっけらかんと笑う。
戦術を使うなんて、そんなものはいくら教えてもらっても15歳の少女には無理だろうと思う。
「それに、今まで教えてもらった内容も別に普通の戦術で、そんなおかしなものはなかったわよ。」
思い出しながら翠子はそう答える。
ファラについては色々言われていたので翠子も気を付けていたのだ。しかし、予想に反しその内容は常識的なものばかりだった。
戦いにおける数の絶対性や事前準備の重要性。戦いのリスクとそれを正しく認識することの必要性など、教えてもらうことは、聞けばなるほどと頷けるものばかりだ。
「当たり前だろう。」
ファラの講義がごく普通のものばかりなことをファラ自身に問えばバカにしたような答が返ってきた。
「お前のどこに奇策や陰謀が必要だ?それだけの力を内包し、それほどに美しいお前に敵う者などいない。お前には戦う必要すらないだろうさ。」
美しいはともかく、確かに翠子は王の力を持っている。
圧倒的な力を持つ翠子に下手な小細工がいらないことは指摘されれば当然のことで、意外に考えているファラに翠子はびっくりした。
「まんざらバカでもないようですね。下らない策を弄してばかりいるから余程頭が足らないのかと思っていましたが……」
驚いたのは翠子ばかりではなかった。
ファラの言葉を伝えれば、カイザは遠慮なくそんな評価をしてくる。
「どうやら此度の番選びは、我々番候補者同士の相互理解も目的のようですね。」
カイザはそんなことも言って、大きくため息をついた。
「あんな輩を理解したくはないのですが。」
「何でカイザはファラを嫌うの?カイザ程の知恵があれば、ファラが病弱なアルピノでないことくらいわかるでしょう?」
翠子の疑問にカイザは簡潔に答える。
「醜いからです。」
翠子は、ポカンと口を開けた。
「何が醜いと言って、自身の姿を卑下する様が最も不様です。私にとって私以外の竜は、陛下を除き、全て美しいとは思えない姿ですが、それでもどの竜も自分の鱗を磨こうと努力しています。なのにファラはそれすらせずに他を羨み恨む。醜悪極まりない姿ですね。」
美しい黄金の竜は、不機嫌そうに顔をしかめる。
「それってファラが他の竜を恨むのをやめれば認めても良いってこと?」
聞いていた翠子は長い首を傾げた。
「モチロン違います。」
きっぱりとカイザは否定する。
「私に認められるなど百万年早い!私の美意識にかなう程になるまでは認める訳にはいきません。」
「百万年……」
いくら長寿の竜でも百万年は有り得ないだろう。カイザの言葉に翠子は呆れる。
「もう少し短縮出来ないの?」
試しに聞いてみた。
「短縮ですか?」
「うん。私はみんなに仲よくなってもらえると嬉しいな。」
少なくとも近寄る度に険悪な雰囲気になるのは止めて欲しいと思う。
そんな翠子の願いを聞いてカイザは考え込む。
「では一万年にしましょう。他ならぬ陛下の御言葉ですから。」
「一万年って!?」
「百分の一です。」
カイザはしれっと話す。
頭を抱えるしかない翠子だった。




