番候補 7
番候補4頭それぞれの態度を見て翠子はため息をこぼす。
ちょっぴり疲れてしまった。
個性の強い雄竜4頭の言い合いは、無関係ではいられない分翠子の神経を削る。
「休むか?」
そんな翠子の様子に気づいたのだろう、ヤトが聞いてきた。
(あぁ。 やっぱりヤトは優しいわ。)
ヤトの思いやりに癒されながら翠子は頷く。
ロウドや他の竜にその意思を告げた。
雄竜達も最初の面会から翠子にあまり無理をさせるわけにもいかないと思ったのだろう、翠子の意思を尊重する。
ヤトを背に乗せ、翠子は翼を開いた。
黒い翼を大きくひとつ羽ばたく。
音もなく翠子の巨体は宙に浮いた。
雄竜達が見上げる先で漆黒の竜が体を伸ばす。
頭の先から尾の先端まで力が満ち美しく陽光をはじいた。
例えようもなく優雅な動きで、黒い雌竜は彼らの上を飛翔する。
そのまま振り向きもせずに去っていった。
息を呑んでいた雄竜達が深く息を吐く。
どうしようもなく心が高揚していた。
「やっぱりずるいよね、可愛い子ちゃんは。ただ一度翼を羽ばたいただけで、こんなに俺達の心を奪っておいて…………好きにならなくていいだなんて、どの口が言うんだよ。あんなの好きにならずにいられるはずがないだろう。」
ギョクが拗ねたように言う。
雄竜の誰もがその言葉に反論出来なかった。
「彼女は王だ。」
ロウドは静かにそう言う。
「そうだとわからぬ内から彼女は私の心を捉えた。私は彼女を全力で手にいれる。お前達の誰にも渡すつもりはない。当然ヤトにもだ。」
ロウドは強く宣言した。
「当然私も彼女を他に譲るつもりはないよ。彼女は私の隣にこそ相応しい。」
カイザはアキコの飛び立った先を見つめる。
「俺は王の番の座になど興味はない。長になりたいとも思わない。だが俺は誰よりも強くなりたい。王を俺のものにすれば俺はより強くなれるはずだ。……俺は、俺が強くなるために王を手にいれる。」
ファラの言葉を聞いてギョクが笑い出す。
「相変わらずファラはあまのじゃくだよな。欲しいものは素直に欲しいと言えば良いのに。」
ムッとするファラに、ニヤリと笑いかけた。
「俺は全力で可愛い子ちゃんを手にいれるよ。だって気に入っちゃったからね。俺をこんなに夢中にさせておいて、俺を見ないなんて許せないだろう?」
ギョクの言葉にロウドは大きなため息をつく。
いつもふざけた言動で煙に巻いているが、ギョクは案外執念深く狙った獲物を逃がした事のない竜だった。
「……つまり、お前たちの誰もアキコの番の座を諦めないということだな。」
「もちろん。」
「何故俺が諦めなければならない。」
「絶対、諦めたりしないよ。」
ロウドの確認に3頭の竜は肯定の返事をする。
4頭はしばし睨み合った。
その竜の上を黒い影が過ぎる。上空を飛んでいた翠子が気晴らしに旋回し、再び彼らの上をよぎったようだ。
その影だった。
思わず見上げた彼らの目の先で黒い鱗がキラリと光る。
雄竜達は、知らず息を止めていた。
信じられない程の力を秘めた美しい雌竜。
その隣に並び、共に飛び、彼女の心と体を手に入れたいという欲望が、どの雄竜の心にも膨れ上がる。
たったひとつの番の座を争う戦いは、激しくなる様相を見せていた。




