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界渡りの物語  作者: 九重
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番候補 5

「…………名を呼ぶ?」



ギョクが不思議そうに呟く。

確かに表向きギョクは親しそうではあったが、ヤトを名前では呼ばなかった。

“人間”というのは種族名だ。いくら“さん”などと敬称を付けられても、ギョクがヤトをヤトという個人として見ていないことは、ヤトには一目瞭然のことだった。




「ハハハ!これはやられたな。ギョク、お前の薄っぺらい表面だけの好意になど、この人間は騙されてくれないということだ。」


愉快そうに尚もクツクツと笑い続けるのはファラだ。赤い瞳に嘲りを浮かべてギョクを見る。


一瞬ギョクの表情が苦々しく歪んだ。

しかし、直ぐに力を抜いて「酷いな」と笑う。



「え〜?人間さんと親しくなるには名前で呼ばなきゃならないの。俺は名前を覚えるのって苦手なんだよなぁ。」



ヘラヘラと笑いながらもギョクはヤトの名を決して呼ぼうとはしなかった。



(つまり認めてないってことよね。ヤトも私も。)



翠子は呆れながらもちょっぴり悲しかった。

翠子もヤトと同じだ。ギョクは翠子を“可愛い子ちゃん”と呼んでも、名前では呼ばない。


(でもそれが普通なのよね。)


翠子は思う。

突然現れた竜の常識も何も知らない雌竜――――それが翠子だ。そんな存在を王だと言われて、敬えなどと言われても簡単に受け入れられるはずがない。

しかもその竜は、彼らにとっては取るに足らない存在の人間を連れて大切にしている。


(反発するのが普通だわ。)


ロウドだって最初はヤトにヒドイ態度をとっていたことを思い出す。


(もっとも何故か私は気に入ってくれたみたいだけど。)


どうしてだろう?と翠子は首をひねる。

自分の美しさに自覚の足りない翠子には、それは永遠の謎だ。



ともあれ、今の出来事でヤトと自分の立ち位置を、翠子は翠子なりに理解する。


少し考えて……翠子は自分の番候補に向き直った。

ゆっくりと頭を下げる。



「アキコ!」


その事に驚いたロウドが、非難するように叫んだ。王である翠子が頭を下げることをロウドは認められないのだろう。

翠子は苦笑する。


「うん。考えてみたら、私ったら挨拶もしていなかったなって思って。」


翠子は、見ている雄竜達が、心を奪われそうな程に魅力的な笑みを浮かべる。


「アキコと言います。もうみんな知っているでしょうけれど、私はこの世界のことは何も知らないんです。……こんな私が王様になれるなんて思っていないけれど、でも竜として一人前になりたいとは思っています。迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。」


気分は季節外れの転校生だった。


(転校なんかしたことないけれど。)


前の世界を思いだし、ちょっぴりしんみりする気持ちを奮い立たせて、翠子は前を向く。


「ヤトは私を心配してついてきてくれたの。私が一人前になるまでは一緒にいてくれるって約束してくれた優しい人です。……だから、ヤトがここにいるのは私のせいです。責めるのは私にしてください。」


「アキ!」


ヤトの抗議に翠子は笑う。

もう一度頭を下げた。


「本当はみんなと仲良くなりたいけれど――――無理やり好きになってなんて言いません。どうしてもダメだったら、一人前になったら出ていきます。だからそれまで見守ってください。」


一生懸命、翠子は笑う。


「アキコ!出てなど行かせるものか。」


感極まったようにロウドが叫んだ。

その言葉が少し嬉しい。


「ありがとう。ロウド。」


それでも翠子は、ロウド1頭の意志で自分が王になれるとは思えなかった。


――――多分この番選びは、翠子への試験でもあるのだとふと思いつく。

あの喰えない竜の長は、翠子の番選びと称しその実、翠子が竜に受け入れられるかどうかの試験も兼ねて企んだのだろうと思われた。


(本当に竜が悪いわよね。)


とはいえ、カイザではないが、翠子も雄竜達に媚びるつもりはなかった。

元々翠子は王になどなりたくないのである。


(一人で生きていけるだけの知識を得たらさっさと出ていくのも手よね。)


ヤトを人の世界に無事帰し、後は孤高の竜として一人で生きていく。


(……でもヤトのことは心配で、時々人間の世界に見に行っちゃうかも知れないけれど。)


自分のその考えに、翠子はうっとりと浸った。

特に孤高の竜という辺りがなんとなくカッコいいと思う。勿論それがそんなに楽な事ではないだろうとはわかっていたが、それでも今くらいは夢みたいとも思う。



――――そう、それは夢だった。


ヤトと結ばれる事は出来なくとも、ヤトを見守りながら自由に生きるという見果てぬ夢を翠子は見る。

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