番候補 3
なんだかガックリとしてしまった翠子の傍に、ヤトが近寄りポンポンと大きな足を叩いてくれる。
「ヤト~」
翠子は撫でてとばかりにヤトの方に頭を差し出した。
苦笑しながらその頭を撫でるヤトを、ロウドは忌々しそうに睨み付ける。
他の竜たちは、戸惑ったように翠子とヤトを見つめた。
「それが例の人間ですか?」
静かな感情を押し殺したような声はカイザだ。
番候補の竜には、予め長よりヤトのことは説明されている。元々知っていたロウドやギョク以外の2頭はそんなバカなと思っていたのだが、目の前の翠子とヤトの姿は長の言葉が真実だということを証明していた。
どの竜も厳しい視線をヤトに向ける。
「ヤトと言います。尊き竜の方々、お見知りおきを。」
ヤトは、翠子から見れば見惚れるような動作で優雅に一礼する。
しかし、雄竜達は苦々しい表情を隠さない。
カイザはヤトには一瞥もくれず、翠子の方を見た。
「陛下、陛下のご意向なれど私にはあの人間と馴れ合うつもりはありません。」
「へぇ~?カイザは番候補から外れるつもりなのか?」
面白そうに聞くのはギョクだ。ギロリとカイザはギョクを睨んだ。
「そうではない。一目見た瞬間から私の心は陛下のものだ。陛下にお心を向けていただくためなら私は自分の黄金の鱗を捧げても構わない。しかしそれと人間に媚びる事とは別だ。」
カイザはようやくヤトを見る。その目は険しく冷たい。
「人間など我らにとっては虫けらも同然。いやヘタな知識を持たない分、虫けらの方が余程ましだ。」
その言葉に翠子は怒る。
「ヤトのことを何も知らないくせに!」
漆黒の竜の体から怒りのオーラが立ち上った。
爛々と輝く目がカイザを睨む。
それは恐ろしくも美しい姿だった。
雄竜達は畏怖を覚えながらも見惚れてしまう。
翠子の内包する力の強さがひしひしと感じられた。彼等の誰よりも強く、感嘆させる力の波動。
そこにいるのは、全てを凌駕する彼等の美しき王だった。
しかし、近寄りがたいはずのその王の側に、取るに足らない存在のはずの人間がいる。
人間は至極当たり前だという風に彼等の王に近づいた。
「アキ、俺なら大丈夫だから。」
「でも、ヤト!」
「竜にとって人間が自分達より劣る生き物なのは事実なんだ。俺だって、妻にと定めた相手が、例えば飼っているペットに気に入られないからという理由で結婚できないと言われれば、なんだそれは?と思う。彼等とて同じだろう。」
その例えに、翠子は激昂する。
「ヤトはペットじゃないわ!例えヤト本人にだって、ヤトを貶めるような発言を私は許したりしないわ!ヤトも私も同じ生き物よ!種族が違うからってそれだけで相手を見下すなんて最低よ!」
ヤトは困ったように笑う。
この件に関して翠子は一歩も退くつもりはないようだ。
「わかった、わかったから。」
苦笑しながら翠子を宥め、ヤトは意味ありげにロウドを見る。
翠子を怒らせたのは竜だ。ならばその怒りを解くのも竜であるべきで、ヤトの視線はロウドにそれができるかと挑発し、なおかつその役目を譲っているようでもあった。
ロウドは苦虫を噛み潰したような顔でヤトの視線に答える。
翠子の前に出た。
「私は、その人間――――ヤトを人間だという理由だけで排除することはしない。」
ものすごく嫌そうに、しかしはっきりとそう言った。




