番候補 1
「ギョクさん?」
「うわっ!可愛い子ちゃん。俺の名前を憶えていてくれたの?」
翠子が名を呼べば、赤い竜――――ギョクは感激したように歓声を上げる。
あれだけインパクトのある出会いだったのだ、憶えていない方がおかしいだろうと翠子は思う。
「こんな奴の名など呼ぶ必要はない。」
上機嫌な赤い竜とは正反対にムスッとしたロウドが口を挟んでくる。
決まりとはいえ、自分以外の竜が番候補に残り翠子に近づくことが気に入らないロウドだ。今にもギョクを叩き出すのではないかというような素振りで、翠子の側から遠ざける。
「ロウド、横暴!」
「うるさい、黙れ。」
2頭のやりとりは相変わらずだった。
「フフフ……いつものことだけど、ギョクとロウドは仲がいいんだな。でも、そろそろ私も陛下にご挨拶したいのだが構わないかな?」
そんなロウドとギョクの間に目に眩しい黄金の竜が割り込んでくる。
仲が良いと言われたロウドは露骨に顔をしかめた。
「勝手な誤解をするな。カイザ。」
カイザと呼ばれた黄金の竜は、クスリと笑う。
そのまま翠子に向き直り、長い首を降ろし、頭を下げた。
「はじめまして我らの美しき女王陛下。私はカイザ。竜の国の東部を治める竜の一族のものです。此度の番選びに残れた事を何より嬉しく思っております。……お分かりでしょうか?私は、僅かですが二代目の王の血を受け継いでいるのですよ。」
カイザは、そう言うと黄金に煌めく翼を大きく広げる。
そういえば2番目の界渡りは黄金の雌竜だったと聞いた覚えがあるなと翠子は思い出した。
界渡りという種族は、異世界に渡りその世界の頂点に立つ生物に擬態し繁殖する。その結果生まれる最初の子供は親と同じ界渡りとなり、成人すれば翠子のように異世界に旅立つのだが、2番目以降の子供は普通にその世界の種族として生まれるのだった。
当然界を渡ることもなく、その世界で純粋に生まれたままの種族として生きて、死んでいく。
カイザは、その子孫なのだろうと思われた。
「綺麗な金ですね。」
翠子の言葉にカイザは嬉しそうに笑う。
「正直今まで私は、私以上に美しい竜はいないと思っていましたが――――陛下を見て自分の世界の狭さを思い知りました。私の金の輝きも、貴女の漆黒の美しさには及びません。」
カイザは大真面目にそんなことを言ってきた。
……翠子は、ドン退いた。
(まさかのナルシスト!?)
確かにカイザは綺麗だ。……綺麗なのだが、自分を美しいと言うなんてナルシスト以外の何者でもないだろう。
それに――――
「私なんか真っ黒なだけで全然綺麗じゃないですよ。私よりロウドの碧の方が百倍綺麗でステキだと思います。」
常々ロウドの碧の体を本当に綺麗だと思っている翠子は、本気で力説する。
その言葉に、カイザは驚いたように目を見張った。
ロウドは、感極まったように体をふるわすと、翠子の側に寄る。
「アキコ!」
長い首を伸ばし、自分の顔を翠子の首にグリグリと擦り付けた。
「キャッ!ちょっと。」
翠子は焦る。
なんだか呆れたような視線をギョクから感じた。
「ねぇ?……ひょっとして可愛い子ちゃんは、竜にとって体色を褒めるってことが好意の表明だってことを知らないのかな?」
「え?」
翠子は、ポカンとなる。
「さっきから、頻繁にカイザにもロウドにも綺麗な色だって褒めているけど、つまりそれって、今、君はカイザに『綺麗で好きよ』って言って、その後に『でもロウドの方が自分より百倍綺麗で大好き!』って言ったことになるのさ。」
「えっ?えぇ〜!」
翠子は盛大に叫んだ。




