一番好き 1
「ど、どうしよう…ヤト。」
竜でなければ到底到達できないような険しい山脈の中に穿たれた洞窟。
竜数頭が余裕で動ける大きな内部で、翠子は竜にしては小さく体を縮めて途方に暮れていた。
「見た?あの凄い数の竜。あんなにいっぱい何処にいたのかしら?この世界って竜だらけなの?」
数もそうだが、一体一体が巨大な竜は集まると、とんでもない迫力のある集団となる。
遠目に見ただけで翠子はビビっていた。
なにしろ翠子は爬虫類が苦手なのである。何故かロウドの姿だけは、どことなく威厳があって綺麗だとさえ思うのだが、真っ黒な自分の姿などはいまだに見慣れず、水に映った影に驚く事さえあった。
「確かに圧巻だな。あの集団を見ると、人の世界で覇権をめぐって血みどろの争いをしている自分達が、とてつもなく愚かに見える。」
ヤトは複雑な心境で、ため息まじりに話す。
人の世界の覇権など、集った竜の何れかのたった一息で吹き飛ぶようなものだろう。そんなものの為にヤトの家族は殺されてしまったのだ。人間の愚かさが、やるせなくヤトの胸に迫る。
しかし、今はそんな感傷に浸っている時ではなかった。
「あんなにいっぱいの竜の中から、番を選ぶなんて絶対無理よ!」
ヤトの何倍もあるような巨大な黒い竜が、泣き出しそうに首を振る。
ヤトはその長い首を、優しく叩いた。
「大丈夫だ。おそらくそんな事態にはならない。」
安心させるように目と目を合わせた。
「何らかの手段で、選抜が行われるはずだ。お前に直接目通り出来る者は更に厳選されるだろう。」
あの長が、有象無象の輩の前に大切な王をさらすはずがない。パニックになった翠子が、わけもわからず番を無作為に指名する可能性だってあるのだ。万が一にもそんな危険を冒さぬように、翠子の前に来る者は、長のお眼鏡に適う者だけになるはずだ。
「ヤト〜!」
慰めてもらって、翠子は自分の鼻先を、ヤトへグリグリ擦り付けた。
(本当に、ヤトは優しいわ。……どうして私は竜になんか、なっちゃったのかしら。人間なら遠慮なく抱きつけるのに。)
翠子は、悲しかった。
そんな翠子の心には気づかず、鼻先でちょっと押されるだけでよろけてしまう自分に、ヤトは小さく苦笑する。
「――――大丈夫だ。心配いらない。ロウドならきっと選ばれるだろう。」
そんなことをヤトは言った。




