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界渡りの物語  作者: 九重
66/111

長と王 5

「お人…いいえ、御竜が悪い。」


苦笑するヤトに、翠子は目をパチパチさせる。


(え?そんな言い方、伝わるの?)


だが、長はクツクツと笑った。

笑いながら首を伸ばし、翠子の背にいるヤトのすぐそばに大きな顔を近寄せる。

鋭い牙がヤトの脇で光った。



『人族は油断のならぬ者故な。人の子の権力に対する欲求には、我をして理解できないものがある。』


長の表情は苦い。おそらく過去に人間の行動で困った事でもあったのだろう。


ヤトは顔を強張らせた。

長が本気で人間を疎ましく思っているのであれば、自分の身の安全はないも同然だ。


ヤトの緊張が伝わり、翠子も身構える。

いざとなればこのまま飛び立って、逃げ出さなければならないだろう。



しかし、長は大きくため息をつきながら顔を離し、静かにヤトを見つめた。



『安心するがよい。敏い人の子よ。我は一部を見て全てを同じと判断するような愚か者ではないつもりだ。お前への評価はお前を見て決めよう。………王もご心配はいりません。我らが王の意に背き人の子を傷つけることなど決してありません。』



長の言葉にヤトはホッとする。

翠子も一緒に長い息を吐いた。



その様子を見て、長がフッと笑う。


『我らの王は、人の子を(こと)(ほか)お気に入りと見える。』


図星をさされて、翠子は赤くなってしまう。


ロウドは、その様子に面白くなさそうに顔をしかめる。


『では、王の伴侶選びには人の子の評価も考慮しよう。』


その後続いた長の言葉に、ロウドの顔は尚ひどく歪んだ。


『そんな!我らの長の選出も兼ねるそのような重大事項に、人の意見を聞くなど考えられません!』


ロウドは、真っ向から反対する。


『どの道そうなる。』


しかし長は首を横に振ると、静かにそう断言した。


『王御自身が彼を気に入っておられるのだ。彼女が己の伴侶を選ぶに人の子の意見を頼るのは間違いあるまい。ならばはじめからそう告げる必要がある。』


長の言葉は確かに真実だった。

ロウドはぐうの音も出ない。


長の顔が、ヤトに向く。



『人の子よ、お前は我ら竜の長に何を望む?』



長い時を経た瞳が、ヤトを見ていた。


ヤトは目を逸らさない。



「アキを幸せにしてくれる事を。」



それは考えるまでもないことだった。

ヤトの答えは、とうに決まっている。



小さいはずの人間が、その瞬間――――大きく、見えた。



「ヤト…………」



翠子が小さく呟く。

先刻胸の中に蟠った暗い思いが、キレイに消えていった。




突如、長が大笑いをはじめる。


『ハッ、ハハッ!!そうか。人の子が、我らの王の幸福を願うか。これは愉快だ。』


長の笑い声は、天空高く響き大地を揺るがす。


『人の子よ、礼を言おう。これ程に爽快な思いをしたのは久方ぶりだ。長の名においてそなたを歓待する。』


長は、もう一度笑った。

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