長と王 4
『その人間は?』
驚いたように長が声を上げる。どうやら長は今の今までヤトに気づかなかったようだ。
(竜って、人間の姿をスルーする能力があるの?)
思わず翠子はそんな心配をしてしまう。
ヤトは落ち着いて名乗った。
「はじめてお目にかかります。貴き竜の長様。私はヤト。ご覧の通りの人間です。」
自分の氏素性など竜には意味がないだろうと思ったヤトは、簡潔に名前のみを告げる。
『ヤト……それは、確か人の子のいずれかの国の第二王子の名ではなかったか?』
しかし、長はなんとそんなことを呟いた。
「え………ヤトって、王子様なの?」
翠子はビックリして固まる。
ヤトをただ者ではないと思っていた翠子だが、まさか王子様だなんて思ってもみなかった。
驚くと同時に翠子の胸の中には、モヤモヤとした鬱屈を持つ小さな痛みが生まれる。
――――元々、翠子とヤトは、竜と人間だ。
結ばれるはずのない異種族の2人。
それでも以前人間だった翠子は、自分とヤトの心は同じなのだと思っていた。
それなのに………
(王子様だったなんて、同じ人間だったとしても結ばれるはずのない身分の人なんだ。)
自分が竜の王だと言われたことなどすっかり忘れて、翠子はがっくり落ち込む。ヤトに内緒にされていたこともあり、なんだかものすごいショックだった。
一方、ヤトは別の意味で驚く。
「まさか、あなたは人間の王族を全て知っておられるのですか?」
竜にとって人間など虫けら同然なのだろうと思っていたヤトには思いもよらぬことだ。
『人ばかりではない。我はこの世界に生きてコミューンを築く生き者の支配階級の個体は、可能な限り把握すべく努めている。』
長の言葉に、ヤトはあらためて竜の規格外の能力に舌を巻く。それはとんでもない情報収集力と記憶力が必要なことだった。
しかし、流石に竜の能力でも人間の一国に起こった反逆は知りえなかったのだろう。
「我が王家は、謀反を起こされ一族全て滅びました。私はすでに人の支配者ではありません。」
淡々とヤトは事実を告げる。
その姿は、凛とした威厳に満ちていた。
長は首を傾げる。
『フム。…その様子では、己が王に返り咲くために我らの力を欲しているというわけではなさそうだな。』
考えながら呟いた。――――底知れぬ光を宿した深い瞳が、ヤトを見つめる。
それを見返しながら、ヤトは自分の考え違いを悟った。
長は人間の王の動向を知っていたのだ。知っていて知らないふりをして、ヤトの出方を見ていた。
ヤトが、分をこえて王族として振る舞いはしないか?
もしくは、自分の不遇を訴えて竜の力を得ようとしないか?
己が野心のために、翠子を……竜を利用しようとしていないか?
長は――――とんでもない、くわせものだった。
 




