長と王 3
長い竜の歴史の中で、自分が王を戴いた長になれる幸運を、長は感動的に語る。
『二代目の王もそれは美しい黄金の雌竜であられたと聞いております。貴女を見てその言い伝えが真実なのだと確信しました。』
うっとりと語る長の様子に、翠子の顔はひきつる。
『あぁ、せめてあと10年早くお渡りいただければ、私も貴女の番として名乗りを上げられましたものを。』
長は心底悔しそうに嘆いた。
――――後で知ったのだが、長は御年1800歳でいらっしゃるそうだ。10年くらい早くても何も変わらないのではないかと翠子は思う。
『王の降臨は、竜族に繁栄を呼びます。』
その力。
優れた資質。
そして抜きん出た美しさ。
どれをとっても、王は最高の存在で、王が何かを成す成さずに関わらず、王はただ有るだけで竜族に恩恵をもたらすという。
『とは言え、先代の王も竜族を良くまとめ立派な統治をなされました。』
憧れを込めて語られる長の言葉に、翠子の顔は尚ひきつる。どれもこれも翠子にプレッシャーを与える言葉のオンパレードであった。
しかも長は、とんでもない事を言ってくる。
『貴女を番に出来る雄竜は、幸福でしょう。当然その者が、次代の長です。』
長は意味深にロウドを見た。
あまりの展開に呆然としていたロウドは、ハッと我に返り、強い意志を込めて長を見返す。
『彼女を得るのは私です!』
堂々と言い放った。
『そうである事を祈ろう、若き雄竜よ。私はお前に期待している。だからこそ彼女を迎える役にお前をつかわしたのだ。とは言え彼女の番選びは公平に行われなければならない。全ての竜に布告を出し名乗りを募ることからはじめよう。遅かれ早かれ彼女の存在を知った者は押し寄せて来るだろうがな。』
長とロウドは強い視線を交わしあう。
「そんな!ちょっと待ってください。私は王になんかなりたくないんです!」
慌てて翠子は二人の間に入った。
勝手に王に祭り上げられ番を決められるなんてとんでもなかった。
それに――――と、翠子は思う。
(そんな事をしていたら、何時になってもヤトに安心してもらえないわ。)
「私はまだ竜のことを何も知りません。少しずつこちらに慣れて一人前になることから始めようと思っているんです。いきなり王だなんて無理に決まっています。」
翆子の言い分は正しいはずだ。なのに長は長い首を横に振る。
『貴女は自分の魅力をわかっておられません。貴女はある意味危険な存在なのです。』
危険物扱いされて、翆子は口をパカンと開ける。鋭い牙の並ぶ恐ろしい口は、なんだか間抜けに見える。しかし、誰1人そんな翠子を笑うものはいない。
『私が何もせずにおれば、貴女を知った雄竜は貴女に番になってもらうため無秩序に押しかけることでしょう。当然激しい争いになります。貴女を得るためであれば、彼らは互いに戦い合うことを躊躇いはしないはずです。』
最悪、竜族全てを巻き込む戦になると言われて翠子は動きを止める。
――――とんでもなかった。
「そんな!……どうしよう。」
途方に暮れて、泣きそうな翠子の背中をポンポンと温かな手が叩く。
「大丈夫だ。」
ヤトの声が優しく響いた。
「お前がお前であれば何も心配いらない。お前は、強く優しい。そのままでいればいいんだ。」




