邂逅 1
男の名前はヤトといった。
まだ年若い男で、鍛え抜かれた痩身とその年齢の割には深く鋭い目を持っていた。
大地にへばりつき、まるで身を隠すかのようにひっそりと独り旅をしていたヤトは、先刻急に空の一角に現れたように見えた竜を困惑気味に見上げていた。
急に現れたことに驚いたのではない。
竜は至高にして最強の種族だ。その能力は自分達人間の理解の範疇を超えている。竜が何をしようとも、そこに不思議はないし否やもない。
ヤトが不審なのはその竜の様子だった。
「何だ?まさか飛べないのか?」
そんなバカなとは思うのだが、現実に竜は空中でバランスを崩している。
その危なっかしい姿に目を疑った瞬間、竜は動きを止めると真っ逆さまにこちらに向かい落ちてきた。
「嘘だろう!?」
叫ぶヤトの目の前で派手な水飛沫を上げて竜が湖に落ちた。
前代未聞の竜が空から落ちるという事態に、ヤトは慌てて湖に向かう。
(怪我でもしているのか?)
何はともあれ竜を放って置くわけにはいかなかった。
竜は見て見ぬふりをできるような存在ではない。
此処は人の世界では辺境で、ヤト以外の人間は誰もいないと思われるため、自分が行くしかなかった。
そんな辺境にいるヤトにも理由はあるのだが、竜という存在の前にはそんな理由を気にしている場合ではない。
ヤトは、息を切らして走る。
森の奥深く、人の決して寄り付かない場所にその湖はあった。
対岸が見えない程に広く、深さは計り知れないと言われるその湖は辺境に住む者の信仰の対象になっている場所だ。
その辺境の民も数十年に一度の神事以外は近づいてはならぬとされている場所でもある。
だからこそヤトの格好の隠れ場になっていたのだが…。
今、その隠れ場の湖はざわざわと波立っている。
竜が落ちたのだから当たり前だ。
とはいえ水面上には何も見えない。
ひょっとして、また転移したのだろうかとヤトが思った途端、ゴボゴボと湖が沸き立つ。
バシャ〜ン!と大きく波立って、水中から黒い巨体が現れた。
(デカい!)
その竜はひどく大きかった。