竜の国 1
竜の国に入った瞬間、翠子はそれが直ぐにわかった。
そのくらいはっきりと空気が違う。
『我らは穢れを嫌う。人間のように自分の住みかを自ら穢すような生き物とは違うのだ。』
翠子が気づいた事がわかったのだろう、ロウドが話かけてくる。
それはヤト、ひいては人間に対する痛烈な批判だった。
当然その批判は、翠子の耳にも痛い。地球の公害問題はこの世界より更に酷いものだ。
翠子とて車を利用していたし、フロンガスのバンバン出る商品を使ってもいた。それに比べれば、この世界の人間による環境破壊など無いも同然とさえ言える。
それでもロウドには許せぬようだった。
「ごめんなさい。」
翠子は目に見えてシュンとして小さな声で謝る。
そんな翠子にロウドの方が慌てた。
『何でお前が、項垂れるのだ?そんな必要はないだろう?』
飛びながら必死に翠子の方に首を伸ばし、ロウドは慰める。
「アキは優しいからな。」
翠子の上に乗っていたヤトも元気づけるように翠子の首をポンポンと叩いた。
いつも仲の悪い1人と1頭だったが、翠子が元気を失くせば、2人共懸命に慰めてくれる。翠子を心から思ってくれる事は変わらないのだった。
『元気を出せ。もうすぐ目的地に着く。』
ロウドの言葉に翠子は下を向いていた頭を上げて前を見る。
「どこに向かっているの?」
『とりあえずは長老のところだ。そもそもお前の気配を最初に察して私を向かわせたのも長老だ。報告に行かなければならない。』
ロウドは多少不本意そうにそう言った。
おそらく長老というのが竜の頂点に立つ存在なのだろう。
翠子はちょっと緊張する。
しかしその緊張は、続くロウドの言葉であっという間に吹っ飛んだ。
『――――本当は誰にも見せず、私だけのものにしたいのだが。』
「なっ!ちょっと“私のもの”って!」
不穏な言葉に翠子は慌てる。ワタワタと翼が動いて、ヤトは思わず翠子の体にギュッとしがみついた。落とされでもしたらたまらない。
なのにロウドは悪びれもしなかった。
『残念だがそんなことをすれば私が仲間から制裁を受けるだろう。お前を隠す事をどんな雄竜も許しはしないはずだ。』
不承不承諦めたようにロウドはため息をつく。
『アキコ、お前を誰より幸せに出来るのは私だ。それを忘れるな。』
大真面目にそんな事まで言ってくるロウドに、翠子は面食らってしまった。
(からかっているの?本気じゃないわよね?)
翠子の目の前をロウドは悠々と飛んで行く。
大きく立派なその姿は、堂々とした美しさに溢れていた。
まるでプロポーズのようなその言葉に、なんとなく赤面してしまった翠子の目に、遠くから数頭の竜が飛んでくるのが見えた。




